父がすさまじい津波の中から生還できたのは、家族への想いがあったからだという。
旦那の安否が一番心配だったと。。。
生きていてくれたらきっと家族をまとめていてくれてるはず。
そう信じていたと。
母と私、ミオトと双子のレアとオウハは中学校に避難できたはず。
皆に
会わなくては。。。
可愛い孫をおいて死ぬわけにはいかない。。。
女川という海っ淵の町で仕事をしていた父は地震直後、仕事仲間を先に石巻の事務所へ向かわせ、自分は最終点検をしてから女川を後にした。
雄勝町と同じくほぼ壊滅状態になってしまった町、女川に父はいた。
石巻の事務所へ向かう途中津波が襲ってくるのが見えて急いで逃げようとしたけれど間に合わず、会社の車に乗ったまま流されてしまった。
完全に飲まれてしまう前に車の窓を開け、逃げ出せるようにしていたらしい。
父は子供の頃実家の海苔作りを手伝わされていて海で泳ぐ事には慣れていたというけれど、それでもこの津波の力は強かった。。。
車が水に浮き、そのまましばらく流されたけれている間に車の窓から荷台へ移動。
そして、いよいよ車が沈み始めたとき、車が傾き始めた。。。
父はもう無理だと思い流されてくる車や家、材木にぶつからないよう、隙間を見つけてなるべく岸側に近づけるよう飛び込んだ。
流れは早いが逆らってはいけない。
逆らえば足元をすくわれてしまうと、父は知っていたから。
流れに逆らわず、流されながら岸よりに、岸よりにと泳いだという。
そして、やっとみつけたちょっと高い場所に手を掛け、飛び乗って津波から逃れる事ができた。
泳いでいる間、「助けてくれ」と何人かに言われたそうです。
父は
「すまない。ここにいる事を必ず誰かに伝えるから。」
そう返す事しかできなかったという。
しょうがない事。
でもそれがどれだけ辛い事か。。。
その事を思うと、胸が苦しくなった。
誰も父を責めない。
自分もきっとそうすることしかできないから。
それでも父は苦しいだろうと私は思った。
その人の顔をきっと一生忘れられないだろう。。。
この日宮城県は大雪が降っていて、寒さは厳しい。
濡れた身体で父は、どんどん水かさが増す津波からより高い所へと避難した。
途中コンビニの屋根に避難した人々を見つけた。
彼らは降りる術が無く、大雪の中20人ほどで固まっていた。
ほとんどが女性で、子供も含まれていた。
父は見捨てる事ができなかった。
またすぐに津波が折り返してくるかもしれないのに、父は脚立を探し、皆を下へ降ろし始めた。
皆無事に降りる事ができ、次はどこへ避難したら良いかと思案し始めた時、会社の事務員が「避難できる場所を見つけてきたから」と皆で移動した。
そこは民家だった。
8畳間に11人が寝る事になった。
家の主がストーブを一つ預けてくれた。
ほとんどが女性の中で、少ない毛布を皆で使わなければならない。毛布に足を入れるだけでも申し訳なくなったという。
ずぶ濡れの父は一緒に寝るのを諦めストーブの前で服を乾かしていた。
足元は乾いたけれど、腹回り、胸などはなかなか乾かない。
その時、ストーブの火が静かに消えた。。。
「スーッと消えていくのはすごく寂しかった。。。」
そう父は言った。
寒くてガタガタ震えながら朝を待って、皆が起きてから毛布を借りて少し眠った。
次の日は晴れていてとても暖かい一日だった。
外に出て太陽の光で服を乾かした。
やっと寒さから救われた。
父が帰ってこれなかった理由の一つが大きな余震がいくつもあり、また同じ大きな津波が来ると誰かが言っていたから。
テレビがつかない中にいて誰かが口にする地震の情報は何度も父を足止めした。
そしてもう一つの理由が、食料を調達する人がいなくなったら、子供達や女性だけでは困るだろうと思ったから。
配給は一日おにぎり一つに500ミリのペットボトルのお茶1本。それ以外は無い。
水は500ミリのペットボトルに半分しかもらえなかったという。
皆、倒壊したスーパーから流れてきたカップラーメンや水を、津波で浸水している町の中ずぶ濡れになって持ち帰る。
これは女性にはきつい。
父は他の男性と一緒に食料を見つけてきていた。
途中いくつもの死体と遭遇した。
決して顔は見ないようにした。
思い出してしまうから。。。
地震発生から5日目。
次の日はまた大雪が降るとの情報が入り、今日しかないと帰ってきたのだ。
津波からの生還。
寒さを何とか耐えて。
たくさんの惨状をみて。
自責の念にかられても。
父は帰ってきた。
私たちが待つ家に。
少し痩せて。
顔は真っ黒で。
大粒の涙とともに。。。
暖かい部屋の中で父が語った石巻での体験を私たちは涙で聞いていた。
そして父は
「お前達がいなかったら、とっくにやられていた。。。」
そう私たちに言った。
私たちが毎日父を探す事ができたのは父が生きていると信じていたから。
父が生きていられたのは、家族が生きていると信じていたから。
この震災に立ち向かう事ができた、力の源は、大切な人の かけがえのない「命」。