計算され尽くした…… | ♪ Andante ♪

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風の向くまま、気の向くままに……

年に一回の検査が午前中で終わったので
昨日は上野まで足を延ばしました。

チケット売り場のおぢさんに混雑具合を確認してから

 

まずは国立西洋美術館の
「システィーナ礼拝堂500年祭記念 ミケランジェロ展―天才の軌跡」展へ。

奇しくもこの春、先代パパ様のご引退に伴なう
コンクラーベ(教皇選)が行われたのも、
記憶に新しいところではないでしょうか。

コンクラーベはシスティーナ礼拝堂の奥、
かの「最後の審判」の壁画の前で行なわれるのだそうです。
(多分、「最後の審判」は普段は立入禁止なのでしょう)

その天蓋を覆うのは、
天地創造からキリストの来臨にいたる有名な天井画。
高く組んだ足場の上で毎日見上げながら
4年以上をかけて描かれた……、

考えただけで気が遠くなりますね。
いや、首と肩が凝ってしまう……。

さすがに天井や壁を外して持っては来られない訳ですが
習作やスケッチや模写の展示だけでも
彫刻、絵画、建築と多分野に活躍した、
天才ミケランジェロの異才ぶりが分かるようでした。

さらっと書いたようなスケッチにさえ、
肉体の躍動感。
15歳のミケランジェロの手による
レリーフ「階段の聖母」の鮮やかな表現力。

なかでも一番感銘を受けたのは
デルファイの巫女のレプリカです。

キリストの誕生を予言した異教の巫女のひとりで、
天井画の三角の部分(屋根のアールの裡側)に描かれていますが

実物大に写してきたレプリカを、
近くで見たら上半身が妙に立派でアンバランスなのですね。
ところが礼拝堂の床面から天井の巫女を見上げると
遠近法でバランスのよい美しい姿に見えるのだとか。

つまりそこまで正確に緻密に
計算され尽くしている、ということなのですが、

それがルネサンス期の作品なのだと考えると
なんとも圧倒されてしまうのです。

これはやっぱし、

いつかホンモノを見に行かなければっっっ!

 


ミケランジェロのあとは、少し迷いましたが、
やはり見たかった都美術館のターナー展へ。

ターナーは、
宗教画が美術の最高峰という時代に、
風景画の地位向上?に寄与した画家なのだそうです。
さまざまな自然現象のうちに
神聖なものを感じるアンテナを
持っている人だったのかも知れません。

彼の作品の殆どは、遺志によりイギリス国家に寄贈されて
テート美術館に収蔵されているのですが、

完成した作品よりも、
スケッチや習作のほうが多い訳ですね。

で、今回はそうした、言わば「作品前夜」が
たくさん展示してありました。

若かりしターナーの作品は本当に細密画のようです。
息をのむほど細かく描き込まれている絵もありました。
実はここに私は、
ミケランジェロ以来脈々と続く「描写」のリアリティを
感じてしまったのですね。
同じ日に見て、良かったのかもしれないなと思います。

ところがその細密画、
色彩表現や構図の習作やスケッチを経て、
寧ろ曖昧模糊とした色の塊になっていきます。
晩年には半ば嘲笑交じりの評価を受けたとの説明もありました。

確かにぼんやりと輪郭をもつ色の塊ではあるのです。
でも、それがはっきりとした印象を与えてくれることに
私はちょっと感動してしまったのですね。

ミケランジェロの遠近法のようではないのだけれど、
ターナーの絵にも、
別の種類の計算され尽くした美しさがあるように思われました。

美術展をふたつも歩いたので
足は棒のようになってしまいましたが^^;;

いい秋の午後を過ごさせて頂きました。