モラ夫と離婚・胃がんと戦うシンママ徒然草 -6ページ目

継子は不登校でナルシスト

継子は私立高校の受験に辛うじて合格。
年末くらいから学校行ってませんので、本当にかろうじてです。

子ども4人いるから私立高校なんてとんでもない状況ですが…頭が悪く公立で行くところがない状況です。


暮す内に、継子は自己愛性人格障害じゃないかと思い始めました。

私の前夫が、やはり過保護な母親を思春期に無くしており似た性格だったのです。

せっかく離婚したのに、その原因となった性格の持ち主がまた側にいる…

大人として保護者的なふるまいをしようと思っても、たまに感情的になってしまいます。

Tさんは母親を亡くした不憫さから息子に過保護です。過保護がさらに状況を悪くするんで口をはさんでますが。

正直私の連れ子に不登校や自己愛性の影響でたらと不安です…。
Tさんとの実子も、継子のように育ってほしいとは絶対思えません。

いまはTさんも忙しい時期で話し合いしにくい。土日でも家でボーッと過ごし、庭でのバドミントンの誘いにさえ出てきません。

私たち家族の明るさや私の家政婦的役割能力をうまく良いとこ取りされているような気もしちゃいます…。

2月末には彼の仕事も落ち着くので、同居1年節目を迎えて、育児方針どうするかちゃんと話をしたいと思います。

ま、かといって悶々悩んでも何もならないので、春休みになれば実家に羽根伸ばしに行くつもりです!

ご飯作りから開放される~
ウレシイキラキラ

入籍しちゃった…

8月31日に入籍しました。

一緒に暮らしはじめたのは4月です。
私がごねてごねて、最終的に9月に産まれた娘の将来をおもんばかって入籍しました。

入籍はトラウマです。
前の結婚では、紙切れ1枚の約束を保つ為に、自分や子どもが傷付く時間を長引かせてしまいました。

後悔しています。
嫌になればさっさと離れれば良かった。

フランスや海外のどこかの柔軟な人々の様に、人の感覚ありきで人生を生きたいです。

結婚という制度や世間体に人生を合わせていくのは、一度そこからドロップアウトした身…離婚を経験したバツイチという身からすれば、「もういいやろ?」とイチ抜けた~ていう気持ちです。

Tさんは平均的な日本人で、そして死別の人ですから、その結婚概念を考えると(入籍さえしなければ、緊張感ある夫婦関係が保てる)と思いました。
逆に言えば(釣った魚に餌をやらないタイプだ)と見透かしておりました。

継子をもつ事に私も不安でした。

Tさんもそんな私を見透かして「逃げ道を作っておきたいの?」と聞きました。

逃げ道…まさにその通り。
嫌になれば逃げたい。

どんな建物にだって非常階段があるじゃない。
愛情が無くなれば夫婦を解消することは、じつはとてもまっとうなことじゃないでしょうか?


そんな私にブレーキをかけたのがお腹の赤ちゃん。

赤ちゃんに、一瞬でも前の夫の姓を名乗らせる事は嫌だと感じました。

(私は連れ子の生活を重視し離婚後も前夫の姓でした)

連れ子2人含め私の旧姓に戻す事も考えましたが、
まず手続きに時間が必要な事がネック。

そして連れ子には前夫の姓こそが生まれつきの名字なんですよね…。
「新しく」私の旧姓に変えて良いものか決心が付きかねませんでした…。


結論、早く夫婦別姓制度を許可して頂戴!


現在、やっぱり「釣った魚に餌をやらない夫」となったTさん、「自分はやってもらって当然な態度」の継子に…

不退転の決意で入籍したはずの私も、ペーパー離婚?して事実婚にすれば、お互い気も使い感謝を表すだろうになぁと、迷わずにはいられないのです。

ほんとの、血で繋がった産まれたときから側に居る家族と私達家族は違うから、目指すロールモデルではないって分かりました。

無理せず一番ストレスがたまらない暮らしを目指します。

赤ちゃんの為に私は長生きしなきゃいけないのです。

ストレスは塩分過多なみに、再発を促してしまうのですから。

バツイチであり、母であり、死病からの生還者たる私。
現場主義になり強くなりました~

目下、薄毛に悩み

産後脱毛症の様です。

産後2カ月位からバサバサーっと抜け、お岩さんみたい。

枕や排水口は勿論、床や階段にもあっという間に私の髪の毛が散らばります。

いやん!
掃除してないのばれるやん~

Tさんに「最近髪の毛が沢山落ちてる。君の髪の毛だよ~」

ちゃんと片付けて、みたいなニュアンスだったから

「異様に落ちてると思ったならまず体調心配してよ~!
とかましといた。

「息子が産まれたときもこうなったんだよね…。でも、今回の方がひどいよ。ストレスで抜けたかもよ!」とも言っておいた。