人間というのは、自分で気づいていないが
たくさんの思い込みの中で生きている。


ある属性に対していったん気に入ったり、
正しいと思い込んでしまうと、
その言葉だけで中身を確認せずに
信じてしまうところがある。


例えば今はやりの「オーガニック」、
有機栽培のことだが、


食品にあのフレーズが付いているだけで、
安全だと思ってしまう。


ミネソタ大学の研究者によると
「オーガニック食品だから
健康に良い」という科学的根拠は
ないと言い切る。


農薬を適切なタイミングで使用しないと
栄養的には問題のある病んだ野菜になってしまい、
かえって健康にはよくないという。


環境面でも収量が減るため、
森林伐採で耕地を拡げざるを得ない
など環境破壊を助長している面もある。


オーガニック=安心・安全、
=健康にも良いというのは消費者の
勝手な思い込みである。


他にも世の中には深い議論も洞察も無く、
一方的に善であるとか悪玉とされていることは
いくらでもある。


東京オリンピック、自衛隊の問題、
原発、人口減社会、遺伝子組み換え
等々。


なかでもブランドに対する信仰は
いい意味で思い込みの極致である。


人はブランド品というだけで
無条件に良質なものとして信用する。


もちろんブランド品は品質も高く、その信用を
裏切らないため日々努力をしているのだろう。


だが、とにかくいったんブランドが確立
してしまえば、人は中身を確かめずに
信用することは事実である。


極論するとテレビCMなどは、
「テレビでも宣伝しているメジャーな製品」
という幻想、思い込みをつくるために
やっているといえる。


20世紀初頭に活躍し、夭折した
天才ピアニストの未発表の曲のテープを
専門家たちに聞かせたところ、


「さすが〇〇、彼らしい素晴らしい完成度」
と言って絶賛した。


しかし後日それが全く別の
無名ピアニストだったことが判明し、
専門家たちは面目丸つぶれとなった。


専門家たちにすれば、
最初から著名な天才ピアニストとの
刷り込み=思い込みがあったので、


よく吟味もせずに素晴らしいと
感じてしまったのだ。


ブランディング的に見れば、
ブランドの究極の目的というのは、
このような「刷り込み=思い込み」
をお客に持ってもらうことである。


もちろん中身も価値も無いものを
そう思わせるのは詐欺だが、


実は専門家だからとか、すごい実績だから
自分なんかが提供することより
はるかに優れていると思うことも
思い込みである。


価値があるかないかは
お客が決めることであり、


日々精進して、
自分のベストを提供しているのなら
何も恥じたり臆することはない。


どんなに小さい仕事でも、
会社の中の一業務てあっても


自分ブランドを確立し、
いい意味で人に思い込みを持ってもらう
ことに価値があるのである。