ふだんよく使う言葉に
「だらしない」という言葉がある。
「あいつ意外とだらしなかったね」
という意味で使う時もあれば、
「だらしない人ね」
などとも言う。
前者はたいしたことない、
後の場合は、
身なりがきちんとしていない
といったニュアンスだろうか。
さて、それでは
「だらし」というのは
いったい何だろうか。
これは実は日本語ではない。
仏教の経典、サンスクリット語
である。
元の言葉は
「スートラ」という言葉で
「規律」を意味している。
「スートラ」を、ジャズのことを「ズージャー」
と言うようにわざとひっくり返して、
「トラスー」とし(倒語という)、
それが「ダラシ」になったようだ。
ひっくり返した時点で
意味も規律のないさまを
あらわすようになった。
だらしないの「ない」は
否定ではなく、
「な」、つまり状態を表すだけの
文字である。
だから「ダラシ」がない
だらしない
というのは規律がない
という意味になる。
さて、規律は大切だが、
ときには創造の邪魔にもなる。
なのでブランディングでは
「だらしない」ことは
必ずしも否定的な要素ではない。
そういわれてみると
アーチストの身なりには
合点がいくところもある。
クリエイティブであるためには
「だらし」でなくては
ならないのだから。