空になる心は春の霞にて世にあらじとも思ひたつかな
ともすれば月澄む空にあくがるる心のはてを知るよしもがな
いつかわれこの世の空を隔たらむあはれあはれと月を思ひて
小林秀雄の「西行」は逸品。
西行を詩人としてとらえる。
西行の悲しみが伝わってくるのは、西行をたしかに触れて深く交わっているからだ。
西行を通じて批評というジャンルを確立しようとしていることも感じられるが、
それよりも、西行を語ることじたいの喜びが伝わってくる。
この点が「モオツァルト」とは異なっている。
「西行」を読むと西行の歌がいくつも思い浮かんでくるが
「モオツァルト」を読んでも、モーツァルトの曲が聞こえては来ない。