世界一周

世界一周

製薬会社を辞めて、震災復興支援で突如漁師になり。
今しかできない経験を求めてバックパッカーで世界一周、健康の大切さに気づき予防医療へと進む。

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やばいっす。

高山病でお腹の調子も悪いし、頭も痛い。と身体を捻じらせながら答える梅ちゃん

戻る・いける?

行きたいっす!

と答える梅ちゃん。私には何の答えも判断基準もないのだった。

ハイキャンプを出発してまだ1時間。
この時襲いかかったリアル
自然の荒々しさ、未知の領域に怯えながら私は目を閉じた。

ガイドたちは、少し話し合い。全員を連れていくことにした。


最後方をいくことになったのだが、それも束の間

バモーと私のガイドが叫びだす!

轍を抜けて新たない進路を突き進む。

横を歩く仲間やガイドにもバモーと叫び先を急がせる。

ロープにつながれた私も、否応なく仲間を横目に突き進む。
ガイドは先頭へと躍り出るとさらにスピードを上げて突き進む、心臓のドキドキが止まらない。
スピードはどんどんと上がり、斜度も急になってくる。呼吸は短く大きくなり、新雪は深くなる。
私は、ロープを引っ張り、ガイドを止めた。

ウノモーメント

と同時にその場に座り込む。谷側後方を眺めてると後続の明かりはない。ガイドはもう少し上でと優しくバモと。どうやらここは、雪の柔らかい崖っぷちで非常に不安定な場所であった。
腰を上げて、さらに上に進もうとするが、雪が柔らかくうまく上に進めない。手に持つピッケルを雪の壁に打ち付ける、がうまくいかない。
何度も何度も打つ、大きく降りかかって打ち付けるとようやく決まった。ピッケルを持つ手に力を入れて足を蹴り上げる。足で雪を固め足場を作り、ピッケルを抜き、また大きく降りかかって雪の壁へとピッケルを打ち付けた。

今回は、一度でうまく決まった。

ピッケルを持つ手に重心を載せて、雪の壁をけりのぼる。そこで、足場を作る。
この一連の作業を繰り返す。息は激しく荒れる。腕や足の力はどんどんと弱くなりるが何とか目の前の壁を登り終えた。

たかだか数mの雪壁をのぼることがこれほど厳しくつらいものなのか...


不自由である。


練習と実践は別であった。ちゃんとした準備もせずにチャレンジした。今回の雪山登山
暗闇の中で、自分の鼓動ががんがんと響き渡る。
背負っているバックパックをおろし、ポケットにしまったコカの葉をかみしめる。がまずい。

7/7 朝 豪華なビュッフェ朝食を腹いっぱい食べて、お世話になったホステル・モステルをチェックアウトをした。
自転車にサイドバック、テント、バックパック、マット、貴重品が入ったデイバックっを取り付ける。さらに、取り出しやすい場所にペットボトルを結び付けた。パッキングは慣れっこだが、自転車旅は初めてなので不安緩くないか?使い勝手はどうだろう?電子機器類の振動は?考え出すと終わりはない。
旅で学んだこと、ものごとを進めるときは、70%の完成度で動かし、動かしながら考えて改善をし続ける。あれこれ考えても仕方がないときは、諦めてまずはやってみる。初めてのことなので失敗して当たり前。日々刻々と変わり続ける環境にどう対応していくか!と自分の都合のいいように解釈して、パッキングを終えた。
前日の夜に、今後の大まかな自己紹介と大まかなルートを皆で打ち合わせを済ませた。ゴールはスペイン。ここブルガリアからの距離はおよそ5000km毎日100km進んで、50日かかる計算である。ブルガリアから西に進路を取りセルビアという国にはいる。その後、南下して海に向かうか、北上するかが最初の分かれ道。ここは、紛争地帯コソボを避けようということで一致し北上してクロアチアを目指すことになった。イタリアかオーストリアの選択肢があるが、ネームバリューの高いイタリアが勝利した。出発前に決めたことなんてこの程度。
今日の目標とルートを確認しペダルを回しスタートした。

先頭は、リーダー星野、次にシゲちゃん、私、最年少で経験豊富な周君の順番である。出発そうそう、リーダー星野は、本日の道をロスト6kmのロスをする。なんとも、先行きの思いやられる幕開けであったが、道に関しては、しっかり者のシゲちゃんが途中から先頭指揮を取り出す。最後方を走る周くんは、チーム全体を見ながらトラブル対処。
走り出して早々に、皆の特性が節々に顔を出す。最年長のシゲちゃんは、石橋を叩いて渡るタイプ。体力はイマイチだがそんな中でも常に頭は冷静に働く男で、無駄を嫌がる。リーダー星野コウダイは、夢高く、ノリもよくて、面白い。がしかし、極度の方向音痴。最年小の周くんは、年上を気遣う優しい男。まだまだ未知数。私浜吉勇馬は、猪突猛進、細かいディテールは気にせず突き進む。まぁずっと写真を撮っているから、意外にマメな一面も。出来の悪い、2人と優等生2人といった何ともバランスの取れたチームで、右に左に道を間違えながら午前中を乗り切り、国道沿いのレストランで昼食をとることにした。
そのレストランには、なんとプールがあり東欧美女が悩殺ボディを揺らしながら、水遊びをしている。
私たちも、プールサイドに席を取りサンサンと降り注ぐ太陽のしたで美女を眺めながら休憩をとった。
この時ランチを食べながら、自転車旅ってなんて素敵なんだろうと
その後、美女に後ろ髪を引かれるながらも、なんとか自転車にまたがりペダルをこいだ。
坂を上り、辿り着いた場所はパスコントロール、旅中に幾多の国境を越えてきたが自転車で超えるのはもちろんみな初めて緊張しながら全員で国境を越えた。
ブルガリアからセルビアへと入国して感じたことは、家のデザイン特に屋根の色が一気に変わったこと
オレンジ色の家たちが疲れた体を癒してくれた。
自転車にも慣れてきた我々は、チームで走ることを考え出した。
先頭を行く自転車の後ろにつくと、空気抵抗がなくなり楽に走れることを知った。順番で先頭を走り後続車は数センチの間隔で後ろにつく、そうなると視野がどんどん狭くなりじっと前を行く自転車のタイヤばかりみていることになっていた。



そんなことにも気づかずに、どんどんどんどんとのめり込む。新しい技術を吸収している感覚に酔いしれている。そんな時事件は起こった。
先頭は勇馬、次に広大、シゲト、周 みんなでまとまって走り、速度もどんどん速くなってきて時速30kmを超えだした矢先のことである。
広大の自転車にシゲトが接触し、バランスを崩し落車、その後ろをいく周もシゲト衝突。勇馬と広大はすぐに自転車を止めて2人のもとに駆け寄った。
7/5 朝 トルコ イスタンブールから夜行バスに揺られること10時間、ブルガリアの首都ソフィアへと辿り着いた。旅のお供はトルコカッパドキアの丘の上で偶然出会った
イスラエル大学へ交換留学中の大学生の関野崇君。(右端)
なんだか意気投合して一緒に行動することになり、自転車旅のスタートを見送りにまで来てくれたのだ。
勇馬は、数日前にリーダー星野広大からのFacebookのメッセンジャーで受け取った。
From Kodai ヨーロッパ自転車仲間へオレとシュウ、本日自転車を購入しました!35,000円ぐらいです!あと、必要なキャンプ道具を揃えています!テントは小さいのが1つ、中くらいが1つあります。寝袋、マットは各自で!あと、調理器具を揃える必要あります!あと、シゲくんが一緒に自転車をしたいということで、4人体制になりました!シゲは明日ソフィアINで大丈夫かな!?ユーマはソフィアINの日程が決まったら教えてね!
YUMA 明日の夜発 5th July朝着を目標に向かいます。まだ見ぬ仲間の皆様よろしくお願いします。

ゆーまへ 本日、シゲの自転車を購入しました!ユーマは、5日の朝到着後、一緒に自転車を買いに行きましょう!その他必要な物資を購入して、自転車に荷物をパッキング。軽い方がいいから、不必要なものは、日本に送り返しましょう!オレも送り返します!そして、7日朝からスタートしたいと思います!集合場所は、ソフィアの宿は、 ホステル・モステルっていうところで!人気宿みたいなので、一応予約とってから入って会いましょう!3人の用意が出来次第、ルートを相談しながらスタート!
この時私は、トルコ観光真っ最中


素晴らしい景色に髪を引かれながら

私たちは、広大の指示通り、集合場所のホステル・モステルを目指す。

場所や行き方は事前に隣にいる秀才崇君がリサーチ済み、なのだがブルガリアはなんとブルガリア語である。一国の首都にやってきたので英語も通じると高をくくっていたのが失敗であった。標識ひとつ読めやしない。早朝のバスターミナルで早速路頭に迷った。
リサーチでは、路面電車に乗るのだが切符の買い方やどの電車に乗ればいいかも分からない、しかし、我々は今まで散々そんな経験を経てやってきた。通りかかったおばちゃんに声をかける。

言葉がさっぱり通じない。

メゲズニオーバーな身振り手振りで説明するが余計わからないようである。横で崇は笑っている。少しして電車がやってきたので、崇が駅のおじさんに聞きにいった。

どうやらすんなりと通じたらしい。

どうやら問題は相手ではなく勇馬にあったようだ。

集合場所のホステル・モステルは、入口は分かりずらいが中に入ると大きな広場と2階建ての清潔でおしゃれなロッジ風のホステルが現れた。事前にブッキングを入れていたので朝早かったがレセプションでベット空いているか?と確認にいく。まだベットが空いていないので、荷物をこちらで預かるのでロビーで

朝食でも食べながら寛いでていいよと言っている。



皆くつろぎすぎでしょ。

フレーク、ハム、スクランブルエッグ、ヨーグルトに、フルーツまである。日本のホテルの朝食のようだ。何とも嬉しいお・も・て・な・し・でお腹を空かせた私たちはブルガリアが好きになった。
勇馬と崇は、朝食をがっつりと頂く、まわりにはまだ日本人の姿は見えない。
幾度となく、お代りをし、食後の珈琲タイムを楽しんでいると、一人の日本人が近づいてきた。
周「おはようございます、もしかして勇馬さんですか?自転車一緒にやる西原周です。よろしくお願いします。」
「おはよう、浜吉勇馬です、よろしくお願いします。」「こっちは、トルコで一緒になった崇君。」「広大君は?」

周「まだ寝ています、シゲさんもまだですね。」
海外で出会う日本人とはなぜか同志のような気がしてすぐに仲良くなることが多い。
日本にいて二十歳の青年と三十歳のお兄さんがゆっくり話をする機会なんてそうないのではないだろうか。

「周はどんな旅してんの?」

「大学休学して、1年間世界一周中です。」「フィリピンで語学留学しててそこで、広大さんと出会いました。」「アジア回ってそこから今って感じですね。」勇馬さんは?

「仕事辞めて西回りで世界一周してて、アジアからスタートしたよ。」「広大とは、ネパールで同じ宿だって、自転車について熱く語られて、俺もやろーって決めたんだ」「素人だけど、宜しくね」周君は、日本を自転車で縦断したってきいたけど、まじ?


「はい、無茶つらかったっす。もう自転車乗るのやめようって思ってましたからw」

え。でも今ここにいるよね?

「日本では、一人でやったんですよ、今回は仲間もいるしヨーロッパを自転車で回るなんて簡単には出来ない挑戦だからいいっかって、でも辛いと思いますよw」

やっぱ辛かった?
「はい、辛いってもんじゃない。風にやられて、飲み物なくなっり、大変でしたよ。」


経験者からのリアルな苦労話を聞いて、今からのチャレンジを後悔したり、辞めようかなぁと思ってたりしていた。

その時、
「おー勇馬、久しぶり、ありがとう!」
と破竹の勢いで駆け寄って手を差し伸べてきた。
彼の後ろにこれまたボサボサの男が立っていた。
「初めまして、突然参加することになりましたが、よろしくお願いします。シゲトです。」と丁寧に西澤シゲトは挨拶をした。
勇馬はボサボサの容貌のシゲちゃんと丁寧な挨拶をするシゲちゃんをキョロキョロと見渡した。面白い、が大丈夫か?体力...
広大は、無事全員が集まったことに安堵の笑みを浮かべた。

「勇馬さっそく自転車買に行こう!他の皆は同じ自転車を買ったから勇馬も同じのにすればいいよ!」

とそのまま、自転車屋さんに連れられて同じ自転車を購入、ハンドルグリップとサイドバック用のガイドを前後に取り付けてお買い上げ。価格はなんと約30,000円
これで準備は整った。

2013年の目標は、笑顔で日本に帰国する事 そして、アウトプットでした。
マラウイ湖湖畔で黄色いトラックに乗った迷い人達と東から始まる祖国のハッピーニューイヤーを祝い続け夜通し踊りつづけたことが2013年のスタートでした。、その後モザンビーク、ジンバブエ、ボツワナ、ナミビア、南アフリカ、カタール、ブラジル、アルゼンチン、チリ、ボリビア、ペルー、アメリカを旅し丸々1年間の旅を無事終了し帰国することができました。




帰国してからは、ヨット部時代からの恩師の高級住宅で半年間の居候生活を送り、就職活動の失敗を重ね続けながら、東京都都議会議員選挙、参議院議員選挙を経験し、現在の職を得るに至りました。


・『健康管理』 セルフマネージメントを身に付け、 体重69-70kg 生涯学び行動し続けるマインド作りは健康管理から作っていきます。

→体重は旅の後半の高地トレーニングの結果目標体重にまで落とすことが出来ました。がしかし、夏以降体重は増え続けています。問題は、運動に対しての優先順位が低かったことです。『健康管理』は生涯のテーマとして今後も継続していきます。

・『写真集』旅の記録をまとめて一冊の本を作りたい。併せて旅の動画を作り続け、写真を通じてブランディング力、フォーカス、フレーミング、情報発信能力を身につけるたいと思います。

→旅の記録をまとめて本を作る。帰国後に報告会や写真展を開催する機会を得たので、まずまずの達成率です。写真を撮り続けることは、ブランディング力や物事を見る力、感じ方を研ぎ澄ませると考えています。旅をきっかけに始めた写真ですが、今後とも磨きをかけていきたいです。

・『英語』 とにかく喋る.質問をする.そして学ぶ.とにかく今がチャンス。

→旅を続けて英語を身に着けることが出来たか?1stステップの英語ストレスはなくなりました。しかし、語彙が少ないので、まだまだ。来年はもう少し本格的に学ぼうと思います。

・『生活』高い専門知識を持った人達に囲まれる場所に身を置きビジネスを学び稼ぐ、そして、将来の夢を共有できる仲間を見付ける。

→不思議なことに今超専門集団に囲まれて生活をしています。積極的に吸収していきたいと思います。


・『仕事』学びと生み出す事を仕事にしたいなぁと思っています。どんな仕事でも学びと生み出す事は出来るので、もう少し考えをまとめる必要があります。
→『健康管理』を1つの軸として今後とも仕事を続けていきたいと思います。

第1章 葛藤 広大と別れた勇馬は、満員列車の中で揺れている。~自転車ヨーロッパ横断4600kmの奇跡~僕たちが越え続けた死線の先にあるもの~




ただし、周りはスーツに身を固めた男たちではない。色とりどりの民族衣装と装飾品に身を固めた女性に、布きれ一枚を身体にまとう男、濃い黄褐色の肌を持つスーツケースを抱えた若者。目を輝かせ閉まらない列車の扉から身を投げ出し風を感じる少年。至る所に人が溢れている。

聖なる河ガンジス。聖なる河の裏腹に、世界で最も汚い(汚染の進んだ)河としても有名である。長期旅行者は、ガンジスにチャレンジをして病院送りされたモノが後を絶たない。この写真の川の色は加工を全くしていない。むしろ綺麗な感じに映ってしまっている。くらいである。

勇馬は、聖なる河ガンガーからタージマハルへ向かう為に、インド横断夜行列車の中にいた。
列車のチケット手配を頼んだ業者の男は、前日の夕刻私の宿泊していた宿に黄ばんだTシャツにデニム姿でやってきて、やってきて呑気に語りだした。
「はい、ゆーま。あなたのチケット満席で手配できなかった。次の便は、1週間後。まぁバラナシでゆっくりしていきな!」
「チケット無いの?1週間も待てないよ。」
「これがインドさ、方法はある。」
「キャンセル待ちを並ぶ、あとは切符持たずに電車に乗り込み、賄賂渡してチケット手配してもらいな」
といって、チケット売りの兄さんは帰っていった。

1週間待てずに、旅路を急いだ私は出発時刻より早く駅に向かいキャンセル待ちのチケットを買いに行くのだが、今日の便はだめだと。取り合ってくれない。仕方がないので、

最終案賄賂での座席確保作戦にでるのだが、それ戦いにも敗れたために

最低ランクの座席も確保できず、

車両と車両の間のトイレの前の空いたスペースにインド人と肩を寄せ合いながら身をかがめていた。

どこかの駅に停車した後、勇馬の横にガリガリの若者と豊満な身体をゆさゆさ揺らしながら隣の小さな小さなスペースに身体を滑り込ませてきた。

列車のリズムと脂質たっぷりなインドガールの肉体の揺れの中で、勇馬は夏の予定をどうしようかと揺れていた。

勇馬の夏のヨーロッパ妄想

自分の考えていた夏のヨーロッパ「豪遊プラン、ボルドー、シャトーワイナリー巡り、ベルギービール巡り、アイルランドシングルモルト蒸留所巡り、イギリスゴルフ修行が頭の中で駆け巡っていた。
広大と別れてから、毎日のように繰り広げられるこの葛藤、どうやっても広大の提案が頭から離れないのであった。

星野広大の壮大な夢「自転車でのヨーロッパ横断」

インドの横断深夜列車の最下級席のシートも取れずに、連結部のトイレ前に腰を下ろし、豊満な肉体のインドガールと身体を寄せ合いながら彼女の中で揺れていると考えがある方向へと走り出した。

厳しいから、面白い、今しか出来ない経験をやろうと。

厳しい経験を共有すること、共に汗を流し、一つの夢を達成する事

そんな青春ドラマのような経験がいま目の前転がり込んできた

やろうよ。俺は自転車旅に魅かれている。そこに嘘は付けない。

心のモヤモヤも消えた頃には、隣でプルプルと脂肪を揺らすインドガールとの間にも一体感が生まれていて、僕と彼女はお互いに身を寄せ合いながら連結部のトイレの前通路を埋め尽くす人達の中で眠りについた。
自転車ヨーロッパ横断4600kmの奇跡~僕たちが越え続けた死線の先にあるもの 

「勇馬、一緒に自転車でヨーロッパ横断しようぜ」


星野広大は、ポカラのカフェでこう切り出した。

「まじ楽しそうじゃない?勇馬なら出来るって」


2012.6.14 この男の提案に衝撃を受けた。


そして、その後の運命が大きく変わったのである。



ネパール首都カトマンズから西へ約200km離れた位置にあるポカラは、北はチベット東にブータンバングラディシュ、南はインドに囲まれている。ポカラは、ネパール第2の都市であるが、都市というには少し貧弱である。ビルなどの大きな建物はなく、停電も毎日起こる。ただロケーションとしては最高でエベレスト山脈系アンナプルナへのトレッキングの出発地でエベレスト山脈を望む、湖畔の村である。
勇馬は、アンナプルナの最深部ベースキャンプ4150mを目指す10日のトレッキングを通じて、様々な経験をした。4000mの世界に轟々と流れる川があり、豊富な水源のおかげで草花が生い茂っている。まさか4000mでこんな夢のような世界と巡り合えるとは思っていなかった。そして何より、この場所は360度7-8000級の山々に囲まれる世界唯一の聖域である。共に過ごしたドイツ人、アメリカ人の女の子、ニュージーランドからやってきた若い夫婦と共に汗を流しつかみ取った景色がいまも余韻として身体の中にあった。
Road to Annapurna Sanctuary youtube~素敵な景色をお楽しみください。~

山から下山した翌朝、Hotel the Cherry Garden~学の家~ではオーナーの学が日本人らしき男と一緒にダルバートを手で食べていた。*ちなみにネパール人はいつもこのダルバートを食べている。(ダル=豆 バート=米を合わせた造語である。)が、朝食には参加せずに、荷物を片づけ、冷蔵庫に冷やしてあったビールを飲みながらWifiをしに街へと出た。
湖畔を歩き、雲に隠れるエベレスト山脈方向に向いて目を閉じる。そこには、くっきりと猛々しい山々の姿がくっきりと浮かび上がる。そして身体全身が熱くなるっていることに気が付いた。大きく深呼吸とストレッチをして、メインストリートに戻った。

メインストリートでダルバートを学と共に手で食っていた日本人と出会う。

お互い会釈をすると、彼は慣れた対応で近寄ってくる
「はじめまして、宿一緒だよね?俺、コウダイ 星野広大ねよろしく」
「おれユウマ、浜吉勇馬。広大さんは旅人?」
長期旅行者と短期旅行者の違いは風貌に現れる。
「そうだよ、勇馬も?」
また然り。長髪に汚い服装w
「うん、今日これからの予定は?」
「ぼーっとネットかな?」
「俺も予定ないから、一緒にどう?」
「いいよ」
と言った感じで、遠い異国の地では、日本人同士の旅人といっただけで誰とでも仲良くなれるのである。
よく言えば旅慣れした、いやただ汚い2人は湖畔のお洒落なカフェへと繰り出した。
広大
「俺は、ラフティングから帰ってきたところやねん、日本でインストやってるから世界一周中に激流をせめててな!今回もインド人観光客のガイドやってたわ~おもろかったよ」
勇馬
「おれは、10日間のトレッキングでABC攻めてきたわ、マチュピチュレが段々と大きく見えてきて自分の足で近づいて行っている感がすごく良かったよ。」
出会ってすぐの2人であったが、お互いネパールの大自然を経験した共通項をネタに熱く語り合ったのである。そして、一通り話を終えて旅の今後へと話は移ろうとしている。そこで広大は、勇馬に切り出したのだった。

「勇馬、一緒に自転車でヨーロッパ横断しようぜ」

星野広大は、ポカラのカフェでこう切り出した。
「まじ楽しそうじゃない?勇馬なら出来るって」
広大は勇馬にそう言って、手元に置いてあった手帳に何かを書き出した。
線と線で繋がれた骨格に、曖昧なローマ字で綴られていく。
Buru... Italy Germany Frenc Spain 
「道は決めてないけど、ブルガリやからスペインまで自転車旅するねん。」

「これは俺の夢やねん」

勇馬は、自分の思考の中にずかずかと土足で入ってくる関西弁の広大の言葉を理解しようと必死であった。
「ざっと計算して、4~5000キロかな」
これは、その時に示された大まかなルートである。この時は、グーグル先生もこれ程優秀ではなかった。
広大は止まらない「ブルガリアからスタートしてイタリアに向かって、そっから北上してドイツまで、その後西へと進路を切り替えてツールドフランスの最終コースパリを走ってな、そのままボルドーとかでワインを飲みながら、ピレネー山脈を超えてスペイン南部グラナダまでや!」
「7月初旬に集まって8月中にスペインいこうと思ってる」
「今は仲間は2人、もう1人とはフィリピンの語学留学中に一緒だった20歳の男でシュウ君」
「彼はすごい奴やねん。すでに日本縦断1か月でやりおって」
「だから何も心配いらんよ、経験者がいるから」
「それに、ヨーロッパは自転車文化だからもし疲れたら自転車降りて電車に乗ったりもできるんやで」
「基本は自由や、行きたい国があれば、行けばいいし、また途中で合流もまた然りや」
「こんな経験今しか出来ひんで、一緒にやろう」
リーダー星野広大との出会い、壮大な挑戦自転車ヨーロッパ横断はこうしてスタートしたのだ。
ここまで先頭で引っ張ってきた私とガイドは休憩後に最後尾へと回った。代わりに先頭は、ジャーマンが新雪の雪を掻き分けながら進む。人の後を歩くのがこんなに楽なんだと初めて気づく、こうやって助け合いながら山を攻めるんだ!と感心していたのも束の間。
バモーっとガイドが叫びだし、足を速めた。
轍を脱線して、他のガイドや仲間を横目に見ながらさっさと追い抜いていく。もちろん、威嚇も忘れない、バモー!!ロープにつながれた私に選択肢はない。

バモー

自分に言い聞かせる。
気が付くと、また私たちは真っ暗闇の中道を探し、切り開きながら足を進めていっていた。
しばらくして、後続を振り返るが、ライトの行列は霞んでかすかに見える程度まで離れていっていた。雪の壁は険しくなるばかりである。ガイドは、新雪の雪を踏み固めながら道を作る、私も彼の通った道をさらに固めて後続へと道をつなぐ。私とガイドが2人であった理由は、ここであった。機動力の代わりに先陣へと駆け巡り道を切り開く。まじでキツイよ~と泣き言をあげる余裕さえもないのだが
ガイドが足取りを止めた。
休憩のようだ、バックパックを下ろしてふかふかの雪の中に身体を沈める。心臓の音が大きくなる。大きく深呼吸をするが、ここは5000mを超えた天空世界酸素が思うように届かない。しばらく夢中で身体とのコミュニケーションを続ける。
心臓から近いところから段々と、大胸筋、三角筋、上腕三頭筋、腕、指先。腹筋、大殿筋、もも、はむ、アキレス、足先。まだ行けるという。ガイドが大きな声で叫びだした。遅れていた、谷君、シン君、ジャーマンが集まってきた。
ガイドは、私にこう言った。「お前のアミーゴは、小屋に戻った。帰って眠る」と耳を疑う。
梅ちゃんの体調が悪化したらしい。ただ、遠くからゆっくり、ゆっくりと近づくライト。私たちも声を振り絞って梅ちゃんに声をかけるが、返事はない。ゆっくり、ゆっくりと近づいてきた梅ちゃんは、私たちの元までたどり着くとその場で倒れこんだ。大丈夫?
ありきたりな言葉しか出てこない。梅ちゃんは、つぶやいた。


やばいっす。


2012年夏 

ある男の夢に乗って、僕たちはペダルを回した。

ブルガリアの小さな自転車屋さんで自転車を
小さな本屋さんで、ヨーロッパとブルガリア語で書かれた地図を
アウトドアショップで、テントや寝袋、キッチン周りを
スーパーで食材等を
準備は整った。
目指すは、スペイン!
僕たちは、ホステルのリビングでさきほど買った地図を広げて
現在地であるブルガリア首都ソフィアと
ゴールであるスペインアンダルシア地方グラナダに
まるで大きく印をつけた。
予定走行距離は4~5000キロ
ルートは真っ白、海に行くも、山に行くも

自由!!!!!!!

ただ、この自由というものは、様々な試練が付きまとうことを
この時、僕たちはまだ知らない。

2012年夏世界一周中に出会った男たちが
2か月かけてブルガリアからスペインまで自転車で旅をした時のSTORYである。
真っ暗闇 足下の新雪を踏みしめる

サクッ サクッ

愛おしい音が暗闇を支配する

サクッ サクッ

真夏生活を続けてきた私にとって


新雪を踏みしめる音は格別である


サクッ サクッ


心地よい響きに 私の頭が反応する 


キーン


小さな痛み 問題はない

ポッケに詰め込んだコカの葉をつかみ取り口へと投げ入れた咀嚼する

ガイドのペースに合わせ足を進める、私たちはロープで繋がれている為

合わせる他ない

ゲレンデでいたを脱いで登った時の苦しさがカラダを襲う

キツイ



ガイドは見ず知らずで突き進む

出発と同時に 雪の上を5時間も進むのかと

自分の中で 事の大変さがやっと理解出来た


雪山を登り山頂までが5時間 下りは半分以下にはなるはずなので2時間と計算しても雪を掻き分けて進む事7時間 

厳しいなぁ

と弱気になっていた所にガイドが足を止めた。

私はふと顔を上げる

暗闇の先に輝く大陸をみた

ラパス

とガイドは呟く

突如現れた光り輝く大陸に私は心を奪われる。

そして、今までヘッドランプに照らされた足下しか観ていなかった事を知った。

暗闇の中に輝く大陸はゆらゆらと揺れ動く まるで宝石が私を誘っているかのように

後続からも、ゆらゆらと揺れ動く明りが近づいてくる

チョウチンアンコウの行列

まず 谷君とシンちゃん
そして、ジャーマン
最後は梅ちゃんの順であった

他のメンバーはまだ来ない。

このメンバーが先発グループである。




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