とある日、メルボルンの片隅にひっそり生息する寡作の手芸愛好家こと、ちまくらちま子はー
背筋を伸ばし、両手をあげてバンザイのポーズをしている。ヨガでもはじめたのだろうか。
え?ううん。こうしたら手汗が引くような気がして。
ああそうか、気温の上がる夏は、ちま子の痛恨のハンデ、手汗の季節だったな。大変そうだ。
ーそういえば最近、同好の士に会ったそうですね。
(両手を下ろしながら、うれしそうに)そうなのよ~、ちま美さん。とおってもチャーミングな方でね、話が弾んだわあ。
ーそれはそれは……(ちま子の一方的、起承転結なしのトークを仕切るのはさぞかし大変だっただろう)
「ちまちま」のキーワードがちま子のレーダーに引っかかり、これはもしや!と感じてなんとか接触を試み、どうにか知り合いになれたのだそうだ。
わたしのカンにくるいはなかったっ!ちま美さんは、ちまちまへの情熱、技術、表現力をすべて兼ね備えた逸材で、近い将来、この世界を背負って立つ存在になるのはまちがいありませんっ。
なにやら大物新人を発掘した名プロデューサーのような発言であるがー
それはなぜかというとね、なんといってもまず制作分野が広く、見る人を飽きさせない。こんなのや、こんなのから、こんなものまであって、ちまちまスキルも申し分なし。それに、定期的に作品を発表して、精力的に制作活動していることもポイントが高い。そして、刺しゅう図案集を何冊も購入し、今後の作品計画をしっかり立てている向学心旺盛なところも将来性十分!もうわたし、いつでも引退できるわぁ~
こんどは自分の後継者が決まったかのような口ぶりだ。あまりにもカン違い発言を繰り返しているので、このへんでお灸をすえておく。
ーちま子さんあなたね、相手の方に勝手に名前まで付けて、自分が世に出したかのような口ぶりですが、そもそも、あなたは手芸愛好家と称しながら、たまにしか作品をつくりませんよね?去年1年間で発表した作品は3点だけですよ?
ーちま美さんを見てごらんなさい。すでに何作も制作して、発表のたびに驚きと賞賛の声で受け止められている。もうすでに認知されていますよ。ちま子さんとは違います。
ああまた手汗が…
ちま子が再び両手を上にあげてバンザイのポーズに戻っている。
ーほらまた!答えにつまると聞こえないふりしちゃって、ワンパターンですね。
ーそれにね、ちま美さんは今の実力に慢心せず、しっかり自己投資して刺しゅうの本を手元に置き、今後の活動予定も立てている。こうして日々研鑽することこそが、趣味に対する正しい姿勢ってもんでしょう!
それを聞いて自分の姿勢をあらためようとは思わないんですか。
ーそれになんですか、「いつでも引退できるわぁ」って。1年に3回の制作ペースなんだから、もう引退しているも同然でしょう。
......(バンザイのポーズのままフリーズ)
やれやれ、長い会話に対応できなくなるとすぐフリーズだ。だいぶ性能が落ちてきたなあ。
♪リブートしてください♪