震災後、福島県南部の常磐線沿線で、津波の跡や除染の現場を見ました。
2年経っても常磐線は広野駅まででした。
まだあちこちで除染をやっていて、黒いフレコンバッグが置いてありました。
外で遊んでいる子供たちも短時間で家に帰ってしまい、洗濯物はガラス戸の中に干してありました。
その後は「あけぼの」や「北斗星」の廃止があったり、ラッセル車を訪問したりで、被災地への足は遠のきます。
更にコロナがあり、次の震災のこと、異常気象と温暖化、東京と地球のこれからを考える日々です。
10年経て復興には程遠いという声も現地から聞えてきます。
コロナが落ち着いたら、現場に脚を運ばなくては、と思います。














