ハブられたくてしょうがない~ストーリー パート3 | 離婚の危機から奇跡の復活!

離婚の危機から奇跡の復活!

...ネガティブを愛と光に変える錬金術師の
・・・「夫婦で☆ストレスクリアコーチング」

パート2からの続きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叔父の死から考える」

 

 

父の兄夫婦には子どもがなく、夫婦が病気で相次いで倒れ

 

別々の施設と病院に入りました。

 

 

子どもがないので父が色々と手続きをし、お世話をしました。

 

数年後、両方とも亡くなったとき、自分の人生の終末が見えました。

 

 

「これは未来の自分だ!」ガーンガーン!!

 

 

孤独死

 

 

友達もおらず、社会からいなくなっても誰も気付いてくれない

 

 

民生委員に死後何ヶ月か経ってから

 

 

最近見かけないが・・・ と発見される

 

 

こんな映像が脳裏に見えました。

 

 

 

 

 

 

え、これって本当に自分がしたかったこと?」

 

 

そんな映像が見えたら、 ↑こんな疑問がわきました。

 

 

「いやいやいや、 違うだろ~!!」ゲッソリ

 

 

こんなことのために生まれてきたんじゃない!!

 

 

強く思ったのです。

 

 

「私がしたかった事は何?」

 

 

疑問が浮かびました。

 

 

 

 

人生が困難すぎて、

 

 

問題を解決することに必死で

 

 

自分がどうなりたいのか? 

 

 

なんて考えたことがありませんでした。ぼけー

 

 

 

 

 

 

 

 

「母はドアマット」

 

 

母は気が強く賢く聡明であったため、キャリアウーマンであれば

 

人生が幸せだったのではないかと思います。

 

 

 

が、 「結婚すべき」 という社会の価値観で晩婚し(昭和12年生まれ)

 

父が次男(上に姉と兄がいる)にも関わらず障害者の弟と祖母と同居

 

に苦労しました。

 

毎日ウン○のついたパンツを12枚くらい洗っていました。

 

母の学びはあったと思いますが、学びきらずに癌で亡くなりました。

 

今のような心理学やインターネットがなかったし、

 

学び取るチカラや縁がなかったのかもしれません。

 

 

 

こんな母からもらったのは

 

「自分のことより他人を優先する」という価値観でした。

 

そして、自分のことも出来ないのに

 

他人のお世話(頼まれてもいないのに)をしているようになりました。

 

 

「なんか変だな?」

 

 

 

父もそうでした。

 

母が亡くなり祖母が亡くなり、障害者がいなくなり、父単体で向き合うと

 

父がかなりおかしいことに気付きました。

 

私の後をついて回るのです。

 

「なんじゃこりゃ~??」

 

 

父は子どもの頃から、障害者(父の弟)の後を

 

文字通り追い掛け回していました。

 

そして世話を焼いていた。

 

「これをしろ、あれをしろ、これをするな、これを食べろ ゆっくり噛んで食べろ」

 

障害者(父の弟)にしていたことを私にしだしたのです。

 

これで私はウツになりました。アセアセ汗汗

 

 

 

 

 

 

 

 

(続きはまた明日m--m)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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