SIMPLE DAYS DIARY -15ページ目

SIMPLE DAYS DIARY

さるすべりの現在・過去・未来

私がフランスという国を深く知ろうと思ったのは、食と芸術文化ですが、もう一つ、歴史について興味深い話があったからです。



マリーアントワネットです。聞いたことがない、あまりよく知らないという人に簡単に説明します。


彼女はフランスの最後の王妃です。彼女の生涯は今ではとても考えられない位波乱に満ちていました。
まだ若くして親の思惑のまま政略結婚をして(14~15歳位)出身オーストリアから嫁ぎ先フランスへ来ました。若さゆえにわがまま放題で、フランスの国庫からお金を出し、贅沢三昧の日々を送っていました。当時財政難や食料危機に苦しんでいた国民はそんな彼女の姿に反発の声が挙がり、彼女たちの住まいであるヴェルサイユ宮殿に民衆が押し寄せ、マリーアントワネット一家は住まいを追いやられます。これがフランス革命の始まりです。
それから住まいを移したものの、国外へ一家逃亡を企て、実行しますが、結局見つかってしまい、その後に王権は停止し、マリーアントワネット一家は、牢獄に入れられます。
裁判で悪質な政治犯としてみなされるようになった夫妻は、先にルイ16世を断首刑にかけ、マリーアントワネットは一方的な裁判にかけられ、彼女も断首刑にて生涯を終えます。



嫁いだ年齢が今でいう中学生の年齢です。まだ世の中のことを知らない年齢で責務を負わされることになります。そして彼女は自由奔放な生活を送ってきたためか、フランスの王室のしきたりに合わせようとせず、住まいの宮殿に自分の趣味を持ち込んだ王妃です。
王妃の秘密の部屋、人工の田舎、など。


実際今もヴェルサイユ宮殿は感動するくらい豪華で綺麗だそうです。写真でみると本当に綺麗!
こうやって書くとますますパリへ行きたくなります。


もう一つ、一般公開されているのは、コンシェルジュリーというマリーアントワネットが処刑される日まで過ごした牢獄です。これも写真でみたのですが、薄暗く、プライバシーはないに等しい位の空間で、一枚の衝立てがある位。あの華やかな宮殿暮らしから、転落したように、粗末な造りの牢獄暮らし。一体この人はどうしてこんな人生になるのだろう、
彼女が最期、どんな思いで処刑の日を待ったのだろうと写真みながら思ってました。
彼女があまりにもわがままな故に味方する者がいなくなり、理不尽な目に合うということもあったようですが、本当は質素倹約家だったという説もあります。


マリーアントワネットは世界史の授業で名前だけ習いましたが、ここまで掘り下げて知ったら、はまってしまいました。それだけ、後世に与えるインパクトが強かったんでしょうね。



彼女に関する書物は書店で世界文学史コーナーにて沢山ありますので、どうぞ手に取って見てください。