安心院町誌(伝説) | 哲也の敬天愛人ブログ

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天を敬い 人を愛す。

天は我も人も同一に愛したもうゆえ、我を愛する心を持って人を愛するなり。

本日は安心院町に残る伝説を紹介します。


この著書の中に書かれている

三女神社・妻垣神社の伝説は以前書いたので省きます。


~本文抜粋~


神楽城築城伝説


有史以来の大国を形作った元は、

文永弘安の両役に失敗したとはいえ、


いつわが国に来襲するかも計り難かったので、

国を挙げて敵国降伏、国家安泰の祈願行事を行っていたが、


宇佐八幡の大宮司職にあった宇佐公泰は

八幡大菩薩の総本宮を守る為にも、


難攻不落の城地が欲しいと神前に祈願をこめた。

満願の日の払暁遥か南の山上で経津主神が


神楽を奏する夢を見て、これぞ神のお告げと

この山を神蔵岳と名づけ、築いた城名を

神楽岳城または神楽城と称した。


城の守護神に八大龍王を奉祀したので

のちに龍王城とも称することになった。


以上。


文永弘安の役とは1268年~1281年のことなので

古代の伝承とは違うと思いますが、神楽岳・龍王城が

気になったので書き留めました。


あとこの著書に書いてある伝承・伝説は

『最明寺の鳴かずの蛙』・『汚せばたたる常副の五輪塔』・

『死人があれば読経する安心院の生仏』・『おらぶ観音』などが挙げられている。