批判や糾弾から人を守ること。


話を拗らせてでも、こちら側の正当性を主張することもできる。


こちら側を批判することで、これ以上話を拗らせない様にすることもできる。


最終的には、どちらの方がより人を守るという結果に繋がるのだろうか。


また、その姿は当事者にはどう映るのか。


めんどくさい話だ。

背伸びしない様に背伸びしている。


自分にはどこかそんな面もあるなと感じた。


この状態は結局、自身の身の丈よりも大きくなっているのだろうか、小さくなっているのだろうか。


しゃがみながら背伸びしたとしても、不安定なことには変わりなく、それは背伸びでしかないのだろう。


そんなことを思った。

それなりに散財もしたが、遥か久方ぶりの平日休みを満喫した。


車を綺麗にし、気になっていたカフェに行き、気になっていた公園をサイクリングし、料理をして、洗濯をして、掃除をして、観光地でサイクリングを楽しみ、美味しいお寿司を食べ、ガラス細工を買い、イカ菓子を買い、カマボコを買い、夕方には帰宅する。


2日間ながらとても充実した時間を過ごせたと思う。


ただ、久々の平日休みにはしゃぐ自分を見て、なんだか可哀想な気もしてきた。

駐車場にて、自転車でやや飛び出して車の運転手をやや驚かせた。


急ブレーキを踏んだ運転手の女性は、安全を確認した後に、改めて出口に向けて車を動かした。


すれ違い様、女性が運転席の窓を開ける。死角から出てきたこちらが明らかに悪かったので、文句の一つでも言われるのかと思ったら。。。


すみませんでしたー


と、言ってもらった。想定外の言葉に一瞬固まってしまったが、何とか「こちらこそ」と返すことができた。


とても素敵な応対であった。こちらの言葉で少しでも気分が良くなっていたら良い。


こういうのを目の当たりにすると、世の中捨てたもんじゃないなと思ってしまうわけである。

少し仕事が落ち着き、整理できていなかった脳内の片付けが始まったと。。。と思う瞬間があった。


仕事がある程度の忙しさを超えると、情報や体験が脳内に着床しない感覚がある。


消えてもいないが、記憶として収納できてもいない、とある領域で浮遊したり転がったりしている様なナニカが沢山あった。


イメージとしては、PCのデスクトップに未整理のファイルがごちゃごちゃと存在している様な状態に似ている。


それらが少しずつ輪郭を持って、整理されて、頭の中の引き出しに入っていく様な感覚を味わった。


時間の経過により、もう元の形には戻れない記憶も少なくはないだろうが、できるだけ収めることができたら良いなとは思う。


良い時間を過ごせていそうなことにとても満足する。



とっても良い喫茶店を見つけた。


見つけたというより、前から気になっていて中々行けてなかったが、ようやく行くことができた。


the 喫茶店。


JAZZが流れる店内と、リタイア後のお爺さまオーナー、スペシャリティのストレートコーヒーがあり、ランチやデザートも充実している。


とても理想的なお店である。


食事もすごく充実しており、ランチタイムや休日などはそれなりに混雑しそうである。


極めて手前勝手な言い分ではあるが、可能な限り細々とやっていただき客数を制限していただきたい。それでいて閉店しないでいただきたい。


と思うぐらい、良い空間であった。(願わくば、BGMの音量を少し落として欲しいのと、曲調はもう少ししっとりしたものが良い。。。)


家でゴロゴロしている時間も、ここで過ごす時間に変えるてみようかと思える。

4/18の早朝、歯を磨きながら朝の報道番組の占いコーナーを眺めていたときのこと。


獅子座が1位だった。


僥倖であると、いつもより都合良く大袈裟に捉えてみる。


1日を終えてみて、思ってたより悪くなかった。


良くても褒められるものではない、できなければ叩かれる。


悪くなかったという結果には、朝の占いも少なからず貢献してくれているはずだと、勝手に紐付ける。

理由を単純化して推測のコメントを繰り返す。


必要以上に騒ぎ、必要以上に人を苦しめる。


それでも必要がないとも言い切れない。


ジャーナリズムの捉え方にはずっと落とし所が見つからない。

ステーキ肉を菜箸で抑えながら切っていたら、菜箸の先端を包丁で切った。


唐揚げを齧りながら、箸の先端も一緒に齧って折った。


最近、段々と箸の先端が失われていく。


金属製の箸に戻すべきだろうか。


その場合、次に失われるのは私の歯の先端になるのだろう。

リップクリームをよく使う。


最近はリップクリームを最後まで使い切れている。


こういう細やかな喜びは心地が良い。


幸せというのはこういうことなんだろうと思う日もあれば、そうじゃない日もある。


幸せとはそういうことなんでしょう。