東京芸術劇場プレイハウスで上演中の「ピーターとアリス」を観てきました。

私は劇場でもらう公演案内を参考にすることが多いのですが、このチラシを見た時にミュージカルなのかと思い込んでしまいスルーしていました。

しかし、何度目かにふと出演者を確認し、麻実れいさんが出ていることに気がつきました。

すでに発売開始済みでしたがチケットは残っており、端の方でしたが前方席を取れて観ることが出来ました。

 

 

「ピーター・パン」のモデルとなったピーター・ルウェリン・デイヴィス(佐藤寛太)と「不思議の国のアリス」のモデルとなったアリス・リデル・ハーグリーヴス(麻実れい)。ふたりが「ルイス・キャロル展」の開幕式で出会い、その後の人生を回顧する物語です。

 

モデルとなった作品から飛び出したピーター・パン(青木柚)と不思議の国のアリス(古川琴音)、そしてそれぞれの作品の作者であるジェームズ・バリー(岡田義徳)とルイス・キャロル(飯田基祐)も登場し、現実とファンタジーの合間で物語は進んでいきます。

現在のふたりの会話や回顧シーンは分かりやすいと思うのですが、現在と過去に古川さんと青木さんが演じる物語の主人公が介入して来るので観ていて不思議な感覚になります。

難解ではありませんが観る人によって解釈は変わるのではないでしょうか。

 

現実のアリスは年齢を重ねて結婚しますが、3人の息子を戦争で亡くし喪失感と後悔を抱えています。

一方のピーターは父母を相次いで亡くし叔父に育てられ、出版社に勤めていますが、彼もまた戦地に赴き人を殺してしまったことから精神を病んでしまった過去を語ります。

物語の中では光輝き、人々の記憶の中にも生き続ける主人公ですが、現実の世界では彼らも確実に年を取り輝きは失われていく。

アリスは「人々は『不思議の国のアリス』は覚えていても、アリス・リデル・ハーグリーヴスは覚えていない。どちらが現実なのか」と話し、ピーターは「ファンタジーの中では生きられない。」と絶叫します。

 

ふたりの会話で印象的だったのは「子供は心を持っていない。傷ついていないから・・・」というようなアリスのセリフ。
子供が純真で輝いて見えるのは何故なんだろう。

大人になるということは傷つき続けることなのだろうか。

それが成長する(心を得る)ということなのだろうか。

世界的に有名な物語のモデルとなってしまった彼らの苦悩は、そのまま私たちへの問いかけでもあるような気がします。

カーテンコールの立ち位置を見ると古川さんと青木さんが主役なのだと思います。

古川さんの可愛らしさと無邪気さ、青木さんの少年性やフライングも見事な軽快な動きはまさに物語から飛び出してきたアリスとピーター・パンだったと思いますが、物語の根幹は麻実さんと佐藤さんが支えています。

アリスと婚約者が出会う場面での飯田さんの細かい演技には笑いを誘われますし、岡田さんの子供たちに対する強圧的な態度は迫力があって怖いです。

 

「ピーター・パン」や「不思議の国のアリス」を原作とした作品ではないことは承知の上ですが、もう少しファンタジー要素がある内容だと思っていたので現実を突きつけられるような感覚は残ります。

アリスはまだしも、ピーターは自ら命を絶つという結末でしたし・・・。

 

舞台はせり出しがあり、観客席からの登場や最前列の席の使用、役者から観客への自然な語り掛けなど距離感の近さを感じました。

全体的に暗めの照明はピーターとアリスの現実や心情を表しているように思いますが、ポイントで明るいスポット照明があたったり、何度か客電がついたりします。

演出の意図はわからないですが、上演中に客電がつくと舞台への集中力が若干削がれる・・・。

 

あと、舞台上にはアンティークな机がたくさん並べられていて、それを足場にして一段高いステージと行き来したりするのですが、物語の内容にマッチした素敵な舞台セットでした。