《Phase05-2》

(コーテックスがこんだけの人数投入するってからにはどんだけかと思ってたが……随分と呆気ねぇな)

赤羽が葉柱との一戦を終えた頃とほぼ同時刻、筧もまたクレストのACを打破し姉崎への報告を終えた所だった。
モニターに映された、両腕を斬り飛ばされた状態で行動不能になっている相手のACを目にしながら、筧はそこに感じた違和感に眉根を寄せる。
赤羽同様、筧もこの掃討作戦に加担し、彼とは別のルートで侵攻してきていた。
これまでに十数機のMT(ACとは異なり組み換え不能の人型作業機械及び兵器)をことごとく退け、その後クレスト側のACと遭遇し交戦、これを殲滅し今に至る。
今ここで感じている違和感は、実のところ作戦開始時から既に筧の内にまとわりついていた。

(姉崎さんはここがクレストの主要施設のひとつだって言ってたが……)

事前に聞かされ予測していたものと余りにかけ離れた現状に、筧は疑念を抱かずにはいられなかった。

ここ数カ月で《管理者》による武力行使は目に見えて無差別化し、それは《管理者》たるAIの異常を臭わせていた。
中立を貫いてきたグローバル・コーテックスですら、その状況を最早看過できないものと判断し手始めとして今回の作戦は発案されたのである。
クレスト・インダストリアルは《管理者》肯定派の企業であり、その“狂い”すらも定められた秩序として受け入れ、反する思想を持つ者たちとは敵対するというスタンスを取っている。
そのため少なからず《管理者》と繋がりがあり、彼らは最早《管理者》の尖兵と言い換えても過言ではない存在だ。
この作戦の目的は、その脅威を少しでも軽減させるべくクレストの主要施設のひとつを制圧し、あわよくば《管理者》に繋がる手掛かりを手に入れるというものだが、しかし筧にはここが主要施設と名打たれているとは思えないほどに戦力が脆弱に思えたのだ。

(仮にもクレストの拠点ならこの程度じゃねぇはずなんだが……)

この作戦に大袈裟なまでの人数を割いたのは、クレストがこの地下世界レイヤードにおける企業勢力第二位という力を持っていることから、その主要施設となればそれ相応の兵力を擁していると睨んでのことだろうし、現に筧も同様の予測を立てていた。
しかし実際には殆ど実戦経験もないと思われるMTの小隊が各所に散りばめられているのに加え、確認されたAC数機ですら贔屓目に見たとしてもランカー中位以下相当でしかないという有様だ。

(このバカでかい施設はブラフか?それとも“アレ”みてぇなのがバックに控えてて雑魚は大していらねぇってことなのか……いや、それはねぇな)

一度立てた後者の仮説を筧はあっさりと否定した。

(前に見た“アレ”はキサラギのヤツだった筈だ、それにもし仮にクレストが抱えてたとしてもそれならもうとっくに出て来てる)

筧が“アレ”と称したのは、以前特殊実験区でのミッションで遭遇した異様なまでの硬度を持った巨大な昆虫を思わせる生体兵器のことなのだが、ただしそこはキサラギという別企業の施設であり、同じ区域にクレストの施設も確認されているが生体兵器についての報告は現時点ではされていない。

(諜報部がガセネタ掴まされるとは思えねぇ、ここはクレストの拠点に間違いねぇんだ……ならこの“矛盾”は何を意味してる……?)

知らず筧は額を押さえるようにして、思考回路をフル回転させる。
だが合わないパズルのピースが散乱するかのように、“矛盾”に対する答えは見えてこない。
行き詰まった思考に更なる追い打ちをかけるかのように、通信の呼び出し音が筧の耳に響く。
回線を開くと同時に飛び込んで来たのは、緊迫した様子の姉崎の叫びにも似た声だった。

[筧君、そこに赤羽君居る!?]

「……いや、いねぇけど……待てよ、隼人がどうかしたのか?」

姉崎の言葉に、筧の鼓動は急激に早まり息苦しさすら感じていた。
彼女のその様子から、それが朗報でないことだけは否応なしに断定できてしまう。

[今みんなのルートを見直してたの、そしたら……]

自らが見落としていた事を悔やむように、姉崎は声を震わせる。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。

[他のみんなはまるで足止めされてるみたいに殆ど奥へは行ってないんだけど、その中で赤羽君だけが奥へ向かって進んで行ってるの……]

「……何だって……!?」

その瞬間、それまで散らかっていたパズルのピースが一気に形を為し始めた。
確かに個々の戦力は脅威ではなかったが、今にして思えばこれまでの相手は皆時間を稼ぐようにやたらと距離を取ろうとしていた気がする。

[これに気付いてすぐ赤羽君と連絡取ろうとしたんだけど……少し前に報告受けたばかりなのに繋がらないのよ!ACの反応もロストしてるの……ねえ筧君、これって……]

「ハメられたってことだろ…っ……どこで反応消失した!?」

[一番奥……第八区画を出た辺りよ。合流地点に向かってる筈だからそこから逆を辿れば……]

「それだけわかれば充分だ、一旦切るぞ!」

答えを待たず通信を切ると同時に、筧はACのブーストを全開にして一路合流地点を目指す。

(全部繋がった……そういうことかよ……!!)

僅かな反応も見逃さぬよう意識を辺りへ向けながら、筧の胸中は不安と焦燥に満ちていた。
クレストは《管理者》と繋がっている、つまり《管理者》がクレストを利用するという事も当然有り得る事だ。
そして《管理者》が今最も優先すべきとしていることは何なのか。

(考えてみれば簡単なことだったんだ……何でこんな簡単な事に気付かなかったんだ……!)

《管理者》は赤羽を使って何かを目論んでいた。
しかしその謀略は不測の事態によって赤羽の記憶ごと吹き飛んでしまった。
その後何事もなくここまで来たが――それで終わるはずも、なかったのだ。

(こっちの作戦を逆手に取られた……奴等の狙いは、隼人の奪還だ……!)

奪われたら奪い返す、それはごく当たり前の一種の報復行動だ。
失敗して切り捨てる程度の事ならば、あれほど厳重な仕掛けを赤羽に施したりはしないだろう。
常に念頭に入れておくべきだったのだ、この地下世界を完全掌握している《管理者》があらゆる手段を用いて赤羽を奪い返しに来ることを。
《管理者》は主要施設という強力な戦力を臭わせることでまんまと赤羽を作戦に引きずり出し、思惑通りに孤立させることに成功したというわけだ。

(二度も三度も……奪われてたまるかよ……!!)

姉崎は繋がらないと言っていたが、それでも筧は赤羽のACへとチャンネルを合わせて通信を試みる。
しかしノイズが酷く、繋がる気配は全くない。

(ジャミングされてやがる…!反応のロストもコイツのせいってわけか)

こうなるともう完全にACのレーダーは使い物にならない、まだ人影のない合流地点のフロアで筧はACの足を止める。
逆走すれば辿り着くとは言え、消失地点へ至るルートはひとつではない。
無闇に探し回る方がタイムロスになると筧は判断したのだ。

(何処に居んだよ、隼人……!)

逸る気持ちを無理矢理押さえつけ、集中力を極限まで研ぎ澄ませる。
辺りへと放たれた意識はまるで水面の波紋のようにどこまでも拡がっていく。

(どういう、ことだよ……これ……)

その波紋が“何か”を捉えた。
しかしそれは筧に更なる困惑と言い知れぬ心悪さをもたらす事になる。
ここより距離にして数百メートル先、そこに捉えたのは二つの反応。
ひとつは紛う方なき赤羽の気配、依然移動し続けているのはここへと向かっているのだろう。
そしてもうひとつ、自分と赤羽の間に在って、まるで赤羽を待ち構えているかのように静止した気配。
それこそが困惑と不気味さの原因だった。

(……なんだ、コイツ……!?)

筧は一瞬己の感知を疑ったが、やはり間違いはないらしかった。
にわかには信じ難いことではあったが、先程から不穏さを禁じえないその反応体からも赤羽の気配が感じ取れるのだ。
正確には、赤羽の気配であろうという認識はできるのだが断定するにはあまりに不鮮明かつ不安定なものであり“赤羽と思われる気配”と表現すべきなのだろう。

(冗談じゃねぇぞ…これじゃまるで……)

そこから導き出される答えはあまりにも簡単だったが、それを到底受け入れられる筈もなく胸中で言葉にすることすら躊躇われた。
しかし信じようが信じまいが、現実はそこに確かに在る。

息苦しい程に鼓動が早まる。
コンソールが軋む程に十指が強張る。
ACの駆動音すらも意識の外に弾かれる。
ただ頭にあるのは――一秒でも早く、辿り着くことだけだった。

直後、筧は勢い良くハッチを開き、自らの身体ひとつで赤羽の元へと駆け出した。
ただしその速度は、常人の目には姿を捉えることもできぬ程の神速。
形容するならば、さながらそれは弾丸のように。
ACの加速より遥かに速く、それでいてブースターのような甲高い音もない。
接近を勘付かれれば強硬手段に出られる可能性も否定できないとなれば、生身で向かう方が筧にとってリスクはゼロにも等しい。
彼の『血』の力なればこそ可能な、何ものにも勝る最善策だ。

(それでも……遠い……ッ……)

捉えているのに届かない、近付いているのに掴めない、その歯痒さは筧にたった数百メートルの距離を何万キロもの隔たりに思わせる。

ここへ来るまでに漠然と浮かべていた“赤羽が《管理者》の手に落ちた経緯の真相”への疑問も
今となってはもう彼方へと吹き飛んでしまっていた。


《続》

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【後記】

今回、アップするにあたって初期稿から大幅に修正しました。
前のは相当不親切な組立だと自他共に一致したので←

あと今の時点では不必要であり、かつ修正した上で差し込むタイミングがなくなったのでごっそり削った部分も実はあります。
それは以降に持ち越しにする形にしました。

筧はACを降りて生身で赤羽の元へ向かっていますが、普通に考えれば正気の沙汰じゃない行為なわけですが、筧に限ってはACに乗ることが逆に自分の力をセーブすることに繋がっているので、ACを降りたということは筧は本気モードに突入したということです(笑)
普段はACという制御装置を介することで使い道を制限して秩序に多大な影響を及ぼさないようにしているわけですね。
言い換えれば生身の筧はACなんか敵じゃないです、ぶっちゃけ(笑)

次回はこのストーリーにおける最大のターニングポイントになります。
……上手く書けるといいんだけどなぁ(笑)