横濱好日

横濱好日

お知らせとか、
単なる日記とか、
他愛のない事とか
考えた事とかを、

とりとめもなく
書いています。

テーマが決まっていないので、
話はいろいろなところに逸れますが、

ぼちぼち
なんとなく
読んでいただけると嬉しいです。

このブログの続きです↓

 

2025年11月14日(金)の午後

コヨアカン・プラザは観光客がたくさん来る、メキシコシティの観光地

 

近くには民芸品が買える、大きなマーケットもあります。

 

モイゼスが、ばんばん写真を撮ってくれた。

 

モイゼス・ミランダは2001年にギジェルモと一緒に路上演劇祭JAPANに来たメキシコ人の一人。

1986年くらいから、このコヨアカン・プラザでクラウンとして、お客さん(その場にいる人)を巻き込んだ

お芝居?パフォーマンス?をやっています。

    これは2001年の路上演劇祭JAPAN世田谷のときのモイゼスの写真

     

 

なんだか、2001年の後だと思われるけれど

モイゼスやロベルト(今回も私たちを居候させてくれている人)の活動が

ユネスコだかに表彰されたとか。(注:二人は一緒に活動しているわけではない)

 

モイゼスは40年前から弟のペドロと一緒に、

このコヨアカン・プラザでパフォーマンスをやっていて

いつからかは知らないけれど、学校で子どもたちと(子どもたちのために?)

表現活動を行っている(らしい)。

 

ロベルトもモイゼスも

メキシコの民衆演劇の顔ではある様子。

 

そして、モイゼスはコヨアカン・プラザ周辺の顔でもあるようで、

プラザ近くの小さな劇場に連れていってくれました。

コロナ禍以来、この劇場は稼働していないらしい。

左は、この劇場の管理者?自分の服の袖にリスを飼っている人。

 

つい、セブン・イレブンを撮っていました。

 

コンビニ経営しているお友達へのお土産がてら

 

 

 

 

さて、もう一度、コヨアカン・プラザに戻ってきて

お洒落カフェで3人でお茶をしました。

 

 

1000円くらいだったかな。

 

観光地ですから。

 

で、こうやってお茶をしていると

物売りとか芸を売る人とか、いろいろな人が寄ってくるわけです。

観光客だと思って寄ってくるのですが、

「なあんだ、モイゼスじゃないの」みたいになって

面白かったです。

 

今週の日曜日の午後も、

ここでモイゼスたちはパフォーマンスをやるそうです。

「一緒にやる?」と聞かれたので

「もちろん!」と答えました。

 

今夜、メキシコを発ってしまうUちゃんは、残念です。

 

私は、明後日の日曜日、14時にまたここに来ることを約束して

モイゼスと別れました。

この日記の続きです↓

あらあら、10日もあいていました。

 

モイゼスに会えました。

もしかしたら会えないかもとドキドキしましたが、

そこはeSIM入れてるUちゃん頼り、

メッセンジャーでモイゼスとやり取りしてくれました。

会ってだいぶ経ってからの写真↑

 

そもそも、前回のブログに使用した写真はモイゼスに撮ってもらったものでした。

 

それにしても、20年前は一発で会えたのに。

ちょうどモイゼスがパフォーマンスをしていたから(それも偶然ではあるけれど)

すぐに見つけられたのです。

コヨアカン・プラザ(広場)は思いの外、広かった。

20年前にパフォーマンスをしていたであろう付近にいたのですが、

その場所には何だか建造物がありました。

 

まあ、とにかく会えたので良かったです。

 

そして、モイゼスはおやつ?の虫を持っていました。

 

モイゼスはそういう人

 

川エビのから揚げみたいで美味しいタイプの虫です。

 

実はかなりお腹が減っていたので、

「メキシコの庶民食堂に行こうよ!」ということにしました。

屋内のタコス屋台、みたいなところに行きました。

 

エディブルフラワーの揚げタコス

 

そしてゴルディータ!

 

そのずっと後に移動したお洒落カフェでの一コマ

2001年の世田谷の路上演劇祭でのモイゼスの写真をパネルにしたものをプレゼント

 

コヨアカン・プラザ近くの

民芸品市場に行きました。

モイゼス、自撮りがめちゃめちゃ上手い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通に観光客していますね。

 

モイゼスが写真をたくさん撮ってくれました。

 

……続く

 

 

乗れもしない飛行機をぼんやり眺めている場合ではありません。

 

 

 

メキシコに行ってきた話の続きを書かなければ。

このブログの続きです

 

2025年11月14日(金)

空港のドミトリーに無事に荷物を届けたUちゃんと一緒に、

コヨアカン・プラザに向かいます。

メトロのコヨアカン駅から歩ける、はず。

 

この日はモイゼスに会う約束をしていました。

モイゼスは2001年の路上演劇祭JAPANに来日したメンバーの一人です。

 

・プロデューサーであるギジェルモとそのスタッフや家族、

(ギジェルモは2025年の9月に逝去してしまったので、今回は奥様に会ってきました)

これ↓

 

・Urubana Utopiaという自分の劇団を持っていて、自身でも死者の日の演劇祭を主宰しているロベルト

(今回の居候先でもある)

・毎週日曜日の午後、コヨアカン・プラザの広場で大道芝居?をしているモイゼス

・そして、コンスエロという女性(連絡先が分からなくて、今回会わなかった)

が、2001年のメキシコからの来日メンバーでした。

もちろん、プロデューサーであるギジェルモが選んだメンバーなのですが、

メキシコで一緒に何かをやっているかというと、そうでもないようです。

 

2005年、ギジェルモの路上演劇祭、teatro Abierto

(Abiertoは開かれたという意味、思想的にとらえてきたけれど、オープンエアという意味なのかもね)

には路上演劇祭JAPANのメンバーが10人以上メキシコに行くということになってしまいましたが、

この演劇祭には、ロベルトもモイゼスもコンスエロも参加していませんでした。

ちょうど、ロベルトの「死者の日の演劇祭」と時期が近かったので、

私は2週間早くメキシコ入りして、ロベルトさんの家に居候して、そちらの演劇祭も楽しんだわけです。

モイゼスは毎週日曜日の午後にコヨアカン・プラザでやっているよ、という情報だけを頼りに、

一人で(正確にはロベルトの劇団の英語が少しできる若手メンバーが同行してくれました。

2005年には、あまり一人で出歩かないようロベルトが気を使ってくれていたのです)

コヨアカン・プラザに行きました。

モイゼスはいました。パフォーマンスの最中でしたが、

「日本から会いに来たよー」といってハグをしました。

…それだけ。そう、それをするだけのためにモイゼスに会いに行った。

たぶん、その後の予定が詰まっていたので、すぐにパンティトランに戻ったのだと思います。

 

そもそも、

2001年にモイゼスが日本に来た時、

路上演劇祭JAPANのボランティアスタッフ(そんなものがあったのだ!)だった私のタスクに、

「ワークショップ会場のある三軒茶屋で2時間ほど、モイゼスと昼食を取ったりして時間をつぶす」

ということがありました。

ワタクシ、その時はスペイン語が全くできませんでした。(今でも、あいさつ程度だけれど)

モイゼス、日本語はもとより英語もほぼできません。

昼ご飯のメニューは絵を描いて説明したり、ひまづぶしに釣り堀に行ったりして(三軒茶屋にあったのです)、

何とか楽しい時間が過ごせました。

 

そんなことを思い出しながら、

コヨアカン駅からコヨアカン・プラザに向かいます。

 

意外と遠かった。

 

そして、コヨアカン・プラザは意外と広かった。

 

2005年にはわりとすんなり会えたのに、

コヨアカン・プラザのどこにモイゼスがいるのか、分かりません。

 

UちゃんがeSIMスマホでモイゼスとチャットをしてくれていますが、

 

モイゼス、どこにいるんだよー

 

 

たまたま、誰もいない時をねらって撮りましたが、

コヨアカン・プラザはけっこうな観光地なのです。

空港に来ています。

でも、

飛行機には乗りません。


隙間バイトでやってきました。


と言うか、


空港に行きたかったので

いくつか狙っていた案件があったのです。


その一つに、うまくハマりました。


どこにいるのか

見る人が見ればすぐにわかると思います。

飛行機と船が一度に見れるの、素敵です。



ちょっとした穴場を見つけたので


バイト終わってから

1時間以上、

ぼーっと飛行機を見ていました。


離陸…


夜景になるまで

ぼーっとしていようかと思いましたが、


気を取り直して

帰ります。

このブログの続きです↓

 

2025年11月14日(金)

 

東京で仕事があるUちゃんは、私より2日先に帰国することになっていました。

日付変わって11/15になったくらいにメキシコシティ国際空港(ベニートファレス国際空港)を出発する便です。

 

ところが、出発時間が11/15の早朝の5時だかに変更になっていました。

仕事には間に合いそうなので、大きな問題ではないのですが、

夜中の出発なら、夜遅くのメトロで空港に向かえばいいけれど

そんなに朝早くの便の出国手続きなどに間に合うメトロはないし、

空港で時間をつぶすには長すぎます。

 

Uちゃんは、急遽、空港内にあるドミトリーに予約を入れました。

1泊扱いで1万円くらいだったようです。

 

この日は、もう1人会っておくべき人物

モイゼスにコヨアカン出会う予定でした。

 

Uちゃんの荷物を空港のドミトリーに預けて、

そのままコヨアカンに行くことにしました。

(深夜のタコスの後に荷造りをしたわけです)

Uちゃんとロベルトは、ここでお別れです。

 

Uちゃんを見送るロベルト

 

ロベルトさんの家から、メトロのパンティトラン駅は

大きなスーツケースを転がしても20分ほどでしょうか。

 

パンティトラン駅から空港のあるテルミナル・アエラ駅はたった2駅です。

 

無事に荷物を預けて、

二人でコヨアカンに向かいました。

本番は2026年の11月28日(土)1回限りです。

2年ぶりに「17番劇場」が大きな公演をやるので

出演します。

 

2年前の公演のこと↓

 

ろくなブログを書いていませんでした。

 

半年近く先の公演なのですが、

先日、プレ稽古がありました。

 

相変わらず、平熱から0.3~0.5℃ほどの微熱が出ているので

力が抜けて、とても良い状態でした。

本番は微熱という訳にはいかないので、

どうやって余計な力を抜くかが課題になりそうです。

 

稽古が始まるまでに、メキシコ滞在記を書き終えようと思っていましたが、

ムリでした。

 

適当な写真がなかったので、

美味しそうなものの写真でも載せておきます。

コブサラダとトルティーヤ

 

ミルクパンケーキ

 

チーズのケサディーヤ

(ケサ=チーズなので、ちょっとおかしなネーミングになっているメニュー)

まあ、いいや。気にしない。

 

ちなみに、チゲ鍋の「チゲ」も「鍋」という意味らしいね。

 

 

 

先月のまとめはこちらです↓

 

 

メキシコ滞在記も四分の三は書き終わりました。

まだ、書き終わっていないということですね。

 

先月の隙間バイトは、

GWからのスタートダッシュに始まり、

なんだか馬鹿みたいに入れてしまったので、

12万7000円弱、過去最高になってしまいました。

 

相思相愛のレストランA店舗1で37時間も働いていました。

レストランAの他の店舗と併せて50時間、5月の隙間バイトの大半は

レストランAに行っていたことになります。

 

はい、レストランAが好きなのです。

 

レストランAの3店舗目にも行ってみました。

 

他にはコンビニBの4店目に行ってみました。

ついでに横浜駅の素敵なスポットをみつけたのですが

屋上庭園には入れませんでした。

 

眺めは良かったです。

 

その他には

 

初めての飲食店の洗い場に1回行ってみました。

GW中にレストランAに入れなかった日が1日あったからです。

いろいろな意味で、なかなか面白かったです。

 

初めてのスーパーマーケットのレジに1回行ってみました。

このスーパーマーケットは店舗によって経験者しか募集していないので、

未経験者OKの店舗で経験済みにしておくためです。

 

2ヶ月半ぶりにホテルのレストランにも顔を出しておきました。

 

ちょっと働きすぎました。

昨日、健康診断から帰ってきたら微熱が出ていました。

今日は、昼食を作るのとパート以外はずっと寝ていました。

 

 

年に2回の健康診断が義務となっております。



第3希望まで申告できる

その

第2希望の日に決まりました。


希望日を申告した時には

あまり深く考えていませんでしたが、


4日前の夜

野外公演を観に行ったあと

出演者やスタッフの皆さんと飲みに行ってしまいました。

殊の外、楽しかったので

帰宅した時には日付が変わっていました。


3日前

浜松の路上演劇祭に行きました。



記録カメラマン的な立ち位置なので

打ち上げにも誘っていただいただき

ベトナム料理とビールを堪能しました。

新幹線の終電で帰りました。


2日前

昔、お仕事をしていた自由が丘のイベントでした。

終わるちょっと前に間に合いました。

関係者席で、残っているアルコール類を飲み切るという役目になりました。


1日前

この日の20時から絶食です。

通常ならパートは夜勤なので、早めの夕食が摂れるのですが、

この日に限って、人手の都合で午後から夜までがっつりのシフトでした。

遅めの昼食が最後の食事になりました。



絶食18時間明け


検査医療機関の目の前のコーヒー屋のモーニングに駆け込んだ。


さて、

健康診断の結果の

身長とか体重とか腹囲、

そして視力なんかは

その場で分かります。


体重は半年前から3Kgの増加、

腹囲もそれに伴っていました。


完全に調整に失敗しました。


まあ、半年前は成人してから最も軽い体重でしたから

増えたところで問題はない値です。


が、役者の事務所からは(成人後過去最低体重から)

あと5kgくらい落とせと言われました。

ツレにいたっては、あと10kg痩せろと言いました。


それはさておき、


視力は前回と同じく、1.5と1.2(半年前と同じ)だったのでOKです。

実生活では、だいぶ見えていないのでビックリな結果でした。


半年後あたりに

今年2回目の健康診断があることでしょう。

浜松に行きました。


早起きできたら、

在来線で行こうかと思っていましたが、

昨夜、夜更かししてしまったので


ムリでした。


新幹線で行くことにしました。


新横浜駅の近くに

チケットショップ的な自動販売機があります。

新横浜駅→浜松が420円ほど安くで購入できるようですが、

あいにく売り切れでした。


駅でフツーに購入しました。


ホームに団体専用新幹線が停まっていました。

修学旅行だってさ。

新幹線の電光掲示板の撮影に失敗しましたが、

ホーム上の電光掲示板の撮影にも失敗しました。


贅沢ついでに

崎陽軒のシウマイ弁当を購入しました。

1180円

だいぶ値上がりしたのですね。


浜松に着きました。


とりあえず、帰りのチケットを買いに

チケットショップに行っておきました。

270円ほど安くでチケットをゲットしました。

乗車変更しないといけないチケットでした。

帰るまでに忘れずに駅の窓口に行かないとね。


浜松のバスターミナル地下


で行われる

路上演劇祭を見にきたのです。


6/3に撤去されるらしいブルーシートハウスがあったのですが、


これは、路上演劇祭のブースの一つでした。




演劇を撮るのを忘れていました。


オシャレなベトナム料理屋で打ち上げ

終電を気にしながら

打ち上げに参加していました。


横浜に帰ります。


メキシコに行ったのは昨年(2025年)の11月です。


実は、2024年の年末くらいから、

ロベルトに

「11月の死者の日の演劇祭は、まだやっているか」

「参加したいが、家に泊めてもらえるか」

などなどのやり取りを始めていました。


私は拙い英語と挨拶程度のスペイン語ができます。

ロベルトは拙い英語ができますが、日本語は全くできません。


20年前にロベルトの家に居候して、演劇祭に参加していた時には、お互いの拙い英語がコミュニケーション手段でした。

あまり突っ込んだ話はできませんが、

それほど困りませんでした。

「約束して待ち合わせ」は、いろいろな意味でハードルが高いので、とにかくロベルトかロベルトの劇団の若手の人と一緒に行動していました。


2005年から20年の月日が経ち、

世の中便利になったものです。


メッセージを日本語を送り、

スペイン語で返事が来る。

翻訳機能で訳せばOK


私はeSIMを入れていないので、

Uちゃんのスマホに頼り切りではありますが、

メキシコ滞在中も、困ったらこの手を使っていました。


英語がちょっとしかできないモイゼスと

スペイン語はできないUちゃん

スマホでメッセージを送り合ってお話し中


しかし、今回のメキシコ滞在

Uちゃんが私より2日先に帰国します。


待ち合わせは無理ですが

実際に会っていれば、どうにかなるものです。


おまけ:

Uちゃんの英語は流暢過ぎるので、かえってロベルトとの英語でのコミュニケーションが難しいようでした。少ししかできない人同士は、簡単な語彙を駆使するので、どうにかしているから、通じていなかったこともありましたが💦

ロベルトの甥っ子は英語能力が高くて、Uちゃんと英語でかなりお喋りしていました。私は聞いているだけでした 笑