んー…なんか、微妙な心境です。

良いような、良くないような、一人相撲のような。




休みの日は、昼食の片付けは全部旦那氏がやってくれるんですが

多分アタシが極端にズボラだっていうのもあると思うんですが

彼の片付けが毎回丁寧過ぎて

早く外出したい子供が愚図る、愚図る。。


気が済むまで片付けると、疲れたー、とソファに座ってしばらく休むわけです。



その前に子供はもう、1時間近く待ってるわけで、もう「お外ー、お外ー!」
と泣いてるわけ。

最近休みの日はベビーカーでしか昼寝してくれないので

眠いのも手伝って、もうなだめるのが大変。。



「パパ早く行こー!」
と横で子供が泣きわめいていても

「もうちょっと待ってー」
とゆっくりしている。


多分、もともと極度の出不精のインドア派の人なので

外出のハードルは高い。


でもアタシとしては、早く外に出てしまったほうが子供が愚図らないので逆に楽。

プラス、キッチンがキレイだと確かに気持ちいいけど、

アタシにとっては休みの日は子供と過ごす時間が最優先。


なので結局、アタシががまんできなくて、子供と先にふたりで家を出て、
しばらくしてから旦那氏合流、となる。





この記事を書いてても思うけど、やっぱりただの性格の違いだわなぁタラー


でもこんな小さな出来事で、アタシの心は

「やっぱり合わないのかなぁ、子供が成人したら別れようかなぁ。。」

とまで思う。




こちらの心の持ちようで、なんとか解決できそうな気がするんだけど

いまのところ糸口もみつからず。





(-_-)毎日ガ修行
両親とも、まだ健在です。

父親は数年前に脳梗塞で倒れて

若干右半身に麻痺があるけど

日常生活には支障ないくらいまで回復はしている。

右手で字も書けるし、近所なら車の運転もできる。



関東近郊の田舎で、ふたりでのんびり暮らしている。



ケンカはするし、特に仲が良いわけではないけど

まぁ普通にふたりで暮らしている。




もうふたりとも70を超えているので

いつ介護、って話が出てもおかしくないと

一応覚悟はしている。


お姉ちゃんはずっと海外で暮らしてるし

実質アタシしかいないし。








でも心に決めているのは

父親に介護が必要になったら

100%プロに頼む。


どんなに自宅から遠くても、お金がかかっても

絶対に施設に入れる。


本人が嫌がっても絶対。






父親が先に死んで

母親が一人残ったら

自宅の近くに暮らしてもらうつもり。


介護が必要、ってなったら

プロの手も借りるけど

可能な限り本人の希望を叶えたいと思う。





万が一母親が先に死んだら

父親には今の家にできるだけひとりで住んでもらう。

もしくは施設に入ってもらう。



冷たいようだけど、正直、自分の手を使って

父親の世話をするつもりはない。




父親のことは、別に嫌いじゃない。

普通に父親として好きだし、尊敬もしている。

でも、育ててもらった覚えは、無い。



確かに、父親が稼いだお金でご飯を食べて

学校にも行った。


でも娘としてのアタシは今、そこに大きな意味も恩も感じない。





大きくなってから(小学校中学年以降?)

遊びに連れて行ってもらった記憶はあるけど

それ以前に遊んでもらった記憶、お世話してもらった記憶はない。


母親に聞いても

そんな事実はない。


今思い返しても

空いた時間で、気が向いた時だけ

相手をしてくれていた、そんな感じだと思う。







そんな人

自分の手を使ってまで

世話をしてあげる義理は無い。




でもお母さんはやっぱり

アタシとお姉ちゃんのために

自分の手を汚し、自分の時間を削って

育ててもらった義理を感じる。

その分彼女には、愛情や絆を感じる。








うちの父親個人がすべて悪いわけではないと思う。

社会がそれを奨励して

当時の母親たちもそれを当然として

そうやって彼らの生活が回るシステムだったから

仕方ないと思う。



でもやっぱり子供であるアタシの気持ちも

アタシのせいではなくて

父親と母親に対する気持ちの違いは確かにある。


それで不幸なのは、父親で。







家族のためのつもりで仕事だけして

そのせいで家族と過ごす時間も少なくて

そのせいで子供からの愛情は薄い。



勿論、お金がたくさんあるに越したことは無い。

お金が無いと、子供は大きくなれないし、良い教育も受けられない。


でも、子供が親に求めるものって

やっぱりお金じゃない。


他愛もない時間を一緒に積み重ねて

できるだけたくさん一緒に笑い、泣き、怒り

感情を共有することだと思う。



だからアタシは

今以上に子供との時間を削られるなら

今の仕事はいつだって辞めるつもり。


他に仕事なんていくらでもあるし

その中で最大限の収入を稼ぐことを考える。








仕事なんて

最終的にはなにもしてくれないし

人を幸せにはしてくれない。



男は人一倍愛されたいくせに

愛される方法を知らな過ぎる。




そんな旦那を見捨てずに

添い遂げようとしてくれている奥さんがいるからまだいいようなものの。





女ひとりの老後はどうにかなるし

明るい冗談にもなるけど

男ひとりの老後は、悲惨すぎて冗談にもならないらしい。






男って、つくづく、バカだなー





(´▽`)知-ランペ
仕事について

いろいろと考えています。

いますぐどうこう、というわけではないけど

5年スパンくらいで方向性を見出したいと思っています。




アタシは元来

出世意欲というか、昇れるところまでは昇りたい質です。



お金もやっぱり必要だと思っているので

稼げるだけ稼ぎたい。

具体的に言うと

サラリーマンを続けるなら

少なくとも、最高年収800万くらい?¥



子供なんて

あと10年もしたら友達と遊ぶ時間も増えるだろうし

今ほどママが必要とされることもなくなったとき

自分の人生に困らないためにも

絶対何かしら仕事はしていたいし。



老後を考えると

それなりの収入が無いと不安だし

そもそもお金にも、働くことにもとても興味がある。



でも今ちょっと考えてしまうのが

小学生になった子供たちを考えた時。









アタシの母親は典型的な専業主婦で

パートにも出ず、ずっと家にいて

アタシが確か、中学校の途中くらいで

パートに出始めた。


だから幼稚園で

小学校の時も鍵っ子の経験はなく

「ただいま」って帰れば

毎日母が家にいて「おかえり」って言ってくれた。


それを今思い返す。





小学校に入ると

途端に世界がグワッと広がったような印象を

なんとなく覚えている。


日々の悩みやチャレンジも

幼稚園と比べるとレベルが違った。


簡単には解決できないことや

解決できないまま、バランスを取っていかなければならないこと

嫌でも受け入れる=耐えるしかないこと

そういうことが増えてきたような。



そういう時

高学年にもなれば

いちいちお母さんに相談もしないし

話しもしなかった。



でも、同じ家の中に常に感じていたお母さんの存在

それ自体が当時のアタシの支えであり

プレッシャーであったような気がする。


ただ家にいるだけ

ただ毎日ご飯を作ってくれるだけで

意味があったんじゃないか、って。








吹奏楽部でどうしてもトランペット担当になりたかったのに

じゃんけんで負けて鉄琴になっちゃって

やりきれなくて庭先でじーっと

耐えていた小学生の時も


それまでずっと一緒に帰っていた友達に

「あなた、嫌われてるよ。」

とか言われてすごーく傷ついて

自分の部屋に着いて制服も着替えずに

すぐに布団に突っ伏して泣いた中学生の時も


お母さんの存在は確かにあった。

そこに意味があったのかもしれない、とか思う。





そう考えると

何か家で出来る仕事

もしくはかなり時間の自由がきく仕事に

シフトすべきなのか、って。


そうなったら

サラリーマンをやるよりも

もっと稼がないといけない。

(一番の理由は厚生年金➜国民年金の支給額の違い)


それはそれで楽しそうだけど

やるとしたらなんだ?って。






まだ結論は出ていないけど

大きなテーマ。





(´▽`)贅沢ハシナイヨ