しんどくなってくると、
心に溜まっていく声は
涙に変わる。
涙が枯れるくらい溢れて、
泣きつかれてこもってしまう。
私じゃできない、無理だと。
何かに期待されたり、
頼られることは嫌いじゃない。
けれど名指しで言われる程、
周りには人はいるのに
他の人は見えないんだろうか。
役割1~10まであって5つ私、
あとの2人は5つを半分。
動かない人には1割だけを言い付け、
残り9割を私に言う場合もある。
1割だけした人が謝礼を請求し、
渡していたのを知った時に
9割していた私には何もなく、
また手伝いが必要な時に呼び出すのは
筋違いとしか言えない。
謝礼を期待してるのではなく、
なぜ1割しかしてない人に渡すのか。
感謝すべき人は9割の人ではないか。
いつも一人だけ言われる、
そんな環境がいやになって
聞いてしまう私がいて
倒れる限界まで動く私がいて
体調をくずす私がいて、
どこかで無理をしすぎる私を
救ってほしいのだと表情に出せても
声は出なくなってしまう。
無理する人と楽する人の差は
埋まるわけもなく開く一方で、
関係性すらも変わっていく。
倒れるくらいなら行かない選択も
必要だと思ってしまう。
年間行事で必ずある仏壇行事は
準備や片付けをする人がいるから、
成り立つ行事であり
必ずしも仕事休みを取れるわけではなく
働きながらも準備片付けをしたりする側を
家の家事をしつつ働きながらも行くのを
当たり前だと勘違いしないでほしい。
当たり前ならば休みをお願いして
取ってまで行く気持ちを大事にしてほしい。
感謝の気持ちを大事にしてほしい、
女だけがそんなに疲れはててまで
無理させる状況にするのなら、
男ももっと協力的になるべきだと思う。