4/8~4/10連続3日間外で研修しました。一番期待しているのは「台南山上花園水道博物館」です。昨年10月10日オープンしました。大勢な人々が寄せてきました。インスタグラムに映えが良いですから、あまり宣伝しなくてもすぐに広げました。実は、こちらは水源地なので、昔は誰でも近寄せられない、厳禁されたそうです。でも今は博物館になり、国に認定された古跡として守られています。
4/8~4/10連續3天都在外面研修,我最期待的是台南山上花園水道博物館。去年10月10日開放後,很多人都來到這裡。因為拍照效果很好,所以根本不需要太宣傳就都流傳開來。那其實這裡是水源地,所以以前是被嚴禁,不是誰都可以靠近的地方。但是現在變成博物館,也被認定為國定古蹟。
主な建物は3つだけで、入口から建物まで遮蔽物がない、開放感があるけれど、夏場に日焼けを注意してください。
日本時代に建てられた赤レンガの建物は二棟があります。
主要建築有3棟,從入口進來到建築物沒有什麼遮蔽,雖有開放感,但是夏天要注意曬傷。日本時代建的有2棟紅磚建築。
浄水を2キロ離れた浄水場に送る動力作る唧筒室(C館)です。散熱しやすくために、屋上が高くして、窓が沢山あります。
這裡是送乾淨的水到距離2公里遠的淨水場的動力發動唧筒室(C館)。為方便散熱,屋頂很高,還有很多窗戶。
炭を燃やした熱を動力として機械を動き出させました。元々36.3M高い煙突がありましたが、もう壊しました。
燃煤炭製造動力讓機械運轉。原本有36.3公尺高的煙囪,但已經毀損拆除了。
台南水道建設の歴史は1897年までさかのぼります。当時、清潔な生活用水を提供するために、台湾総督府の衛生顧問技師であったバートン(W. K. Burton)とその教え子であった助手の浜野弥四郎が、台南地区の水源、水質調査を行いました。1912年に建設が開始され、10年の長き工期を経て1922年に竣工し、使用が開始されました。(台南市市政府観光紹介ページより)
臺南水道興建歷史可上溯到1897年,當時為了提供潔淨民生用水,由臺灣總督府衛生顧問技師巴爾登(W. K. Burton)與其學生兼助手濱野彌四郎進行臺南地區的水源、水質的調查,並於1912年開始建設,工期共歷時10年之久,於1922年完工使用。(節錄至台南市政府觀光介紹網頁)
台南水道は曽文渓を水源とし、本来は台南市民の生活用水を供給するためものでした。後に烏山頭ダム、曽文ダム、潭頂浄水場が相次いで完成し、1982年にその役目を終えました。台南水道は日本統治時代の衛生工学近代化にともなう発展の生き証人だと言えます。2002年には県定古跡、2005年には国定古跡に登録されています。2011年から台南市政府による古跡修復計画が開始され、元農業局の苗圃計画と結びつき、「台南山上花園水道博物館」として2019年に正式オープンしました。(台南市市政府観光紹介ページより)
臺南水道水源取自曾文溪,原供應整個臺南市居民的民生用水,後於1982年因烏山頭水庫、曾文水庫與潭頂淨水廠陸續完成而功成身退。臺南水道見證日治時期衛生工程現代化的發展歷程,2002年指定為縣定古蹟、2005年指定為國定古蹟,2011年起臺南市政府開始進行古蹟修復計畫,並結合原農業局苗圃規劃成「臺南山上花園水道博物館」於2019年正式開放參觀。(節錄至台南市政府觀光介紹網頁)
こちらは水を濾す室です。快濾筒室(B館)
左右7個ずつ大きなタンクを放置しました。これは水を綺麗に濾す設置です。イギリスから輸入しました。
左右2邊各有7個大水筒是用來過濾水的設備,是從英國進口的。
建物自体は見事に建てられました。日本社会法人土木学会より選奨土木遺産と認定されました。
建築物本身就非常具有看頭,也被日本社會法人土木學會認定推獎為土木遺產。
窓を通す太陽光が室内に入って通風と照明が良く、省エネルギーの工業風の設計です。台湾人はその窓を「太子樓」に呼びました。日本の建築作法には「太子樓」という名前がありません。「太子樓」と名付けた故は、日本皇室の巻纓冠というイメージ、だそうです。
太陽光從窗入進入室內,通風及照明都很好,是省能源工業風設計。台灣人稱這種窗戶為「太子樓」。那日本建築工法中並沒有這種稱呼。那會有這樣的稱呼是據說來自於對於日本皇室的巻纓冠的那種印象。
最後、この浄水大工程を完成した濱野弥四郎の銅像です。これは台南実業家許文龍(奇美実業)は自らで作って寄付しました。濱野さんの貢献に感謝します。
最後,是完成淨水大工程的濱野弥四郎的銅像。這是台南實業家許文龍(奇美實業)親手做並獻給博物館表示對濱野先生的感激。
園区に桜のような花旗木(カンラパ・プルック)が咲いています。園區內有像櫻花的花旗木正盛開著。