1890年に和歌山県近海で
現トルコの軍艦が
(エルトゥールル号)
遭難していた
それを知った島民たちは
大動員で生存者の探索と
負傷者への介抱を行った…
衣類を惜しみなく提供し
この時期の台風によって
食料の蓄えはわずかだったが
それすらも提供し
生存者の救護に努めた
そして…656名のうち
69名の言葉も通じない異国の人を
救出することに成功する
翌日…
その知らせを聞いた明治天皇は
可能な限りの援助を行うようにと伝え
助かったトルコの人々を日本の船で
祖国へと送り届けた
当時…
人種差別が強く残っている時代
日本人の対応は国際的にも異例で
トルコ国から救助活動に要したお金を
請求してくださいと手紙が来る
しかし…島民はもとより
見返りなど考えてもおらず
遭難した人やその家族に
施してあげてください
とだけ返答を返したそうです
この日本人による
トルコ国民救出のいきさつは
トルコの小学校の教科書に
今でも載っており
多くのトルコの人々が
この事を学んでいるそうです
あれから100年以上が経ち…
2011年の3月…東日本大震災
トルコ政府が救助チームを派遣
被災地でおよそ3週間の
救助活動を行った
さらに…大量の食料・水・毛布が
トルコから被災地に届けられました
その3週間におよぶ活動は
支援・救助チームとしては
最長の期間だったということでした
さらに時が経ち…
12年後の2023年2月
トルコ・シリア大地震
トルコ政府は各国に
すぐさま支援要請を送った
そんな中…地震発生の翌日に
いち早く到着したのが
日本の救助隊であった
日本からトルコまで
少なくても13時間以上かかる
どの様な神業なのか…
それはともかく
災害発生から72時間が経つと
著しく生存確率が減る
ということを知る日本の救助隊
その素早い活動で
多くの人の命が
救われたといいます
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