一言で緩和医療といっても、それを担う医師の見解によってやり方がいろいろあります。
点滴をどのくらいするか、の一つをとってもいろいろです。
まず私見ですが、
緩和医療は「患者さんの苦痛をとるための医療」ですので、
患者さんの苦痛となるようなことはなるべくしたくない。
ですから私は、できるだけ点滴は使いません。
「ご飯が全く入らなくなった」という理由で入院してすぐの期間ならば
脱水補正の目的で点滴を使うこともありますが、
それでも少しでも口から入るのならば口からの食事優先です。
点滴が入っていないと「何もしてもらっていない」と思う家族の方もいて、
そういう方にはまず説得をしてみて、納得されなければ最低限の量を使います。
前職の上司はむしろ点滴がデフォルトでした。
ほとんど誰にでも点滴が入っていて、ごはんが入らなくなったらすぐ点滴。
もちろん、普通の人みたいに一日1.5~2.5リットルという量を入れるわけではなく
一日当たり200cc、多くても500ccです。
ここはいろいろな議論のあるところですが、
癌末期(末期というのも正確な医学用語ではないのですが)の患者さんは
水や栄養を体にきちんと回すことができないので(悪液質cachexia)、
点滴をしても皮膚の下に行ってひどいむくみになったり、
肺に行って呼吸困難の原因になったりしますので、最低限の量だけを入れるのです。
しかしこちらに来て、点滴なしでやってみて、
200ccですらいらないのではないかと思うようになりました。
悪液質というのは不思議な状態で、
機械で言うとバッテリーセーブモードみたいなものでしょうか、
ごくわずかの栄養や水分で永らえるための生物の知恵だと思います。
ご飯や水が入らないからといって補給するとかえって寿命を縮めるけど、
あえて控えていると非常に調子よく最後の日々を過ごされるのです。
最近も点滴なしでお二人ほどお見送りしましたが、
どちらも亡くなる2時間ほど前までご家族と何らかのコミュニケーションが可能でした。
もともとあまり点滴をしない精神科の出身の先生は別にしても、
外科系出身の緩和ケア医の多くは「点滴をしない」ということにかなり抵抗があります。
手術前から点滴を始め、手術中は1~4リットルの点滴を流し、
手術後食事が始まるまでの間も一日2リットルのペースで点滴。
外科医が使う抗癌剤のなかには同時に5~6リットルの点滴を要するものもあります。
こういうことを長年してきて、緩和ケア医に転向しても抜けだすのは難しい。
なにより、点滴をしていないと「『治療』をしていないのではないか」と不安になるのです。
点滴のラインが「免罪符」に見えるのですね。
でも、その「免罪符」の一方で患者さんが輸液負荷に苦しんでいるかもしれません。
もうひとつ、点滴のラインを確保しておくと、
口から薬の飲めない状態の患者さんでも緊急時にいろんな薬を使うことができます。
前職の上司はこっちの方が主な目的だったように思います。
せん妄や不眠の時の鎮静剤。
ほんとによく使ってました。
でも、患者さんの立場になると、点滴のラインって
いくら点滴が車の付いた点滴台にぶら下がってて、
それをつけたままどこへでも行けるとしても、
やはり自分を縛る鎖に見えるんですね。
ただでさえ起きるのがしんどい患者さん、
尿意で目を覚まし、見上げると点滴台がある。
あれを押してトイレに行くのか……しんどいな……おむつでいいか。
あれがあるせいで、俺は動けなくなった。
そして自律の気持ち、自尊心を失って、意識が死の方へ落ち込んでいく。
ということもあると思うんです。
また、つらさから逃げ出したい時、せん妄になることがあります。
せん妄になった患者さんを縛る病院は今も多いです。
手術後のせん妄は、手術創に与える影響を考えると
縛るのも致し方ないかなという部分はありますが、
それ以外の患者さんではせん妄を悪化させるだけです。
縛られるのがイヤでせん妄になるのに、その人を縛るなんて。
点滴も、患者さんにとっては縛る鎖。
せん妄になった時の鎮静剤のために点滴をしているが
その点滴がせん妄の原因になっているかもしれない。
そんなことを心に留めながら、
患者さんが一日、一時間、一分を楽に、楽しく過ごせるよう、
でも気負わずにやっていきます。
(※)せん妄
手術後、亡くなる前など体力が著しく落ちた時などに
一時的に意識状態がおかしくなること。
時間・場所の感覚がおかしくなったり、記憶がおかしくなったり
人格が変わったようになることもあります。
一見、認知症を発症したように見えますが、多くは元に戻ります。
亡くなる前のせん妄は、そのまま亡くなることも多いですが……