昨年11月24日から12月13日まで、人生で二回目の入院をした。
一回目は唾液腺(顎下腺)にでっかい石(直径1cmの唾石、唾液の中のカルシウムが長い間かかって固まってできる)ができていたために入院した。
写真の真ん中の丸っこいやつ。
今回は、入院三日前の腹痛から始まった。貧者の飲み物として昨今とみに名高いストロングチューハイを飲んでいると突然臍の上のあたりがギューンと痛くなった。普通のおなかの痛みというのは場所の感覚が漠然としているものだが、これはかなりピンポイントだった。ただその時点では「ああ、最近暴飲暴食している感じだから、膵炎にでもなり始めているのかもしれない」「じゃあこの缶まで飲んだら絶食しよう(←医療者失格 ちなみにもう一本飲んだ)」と考え、そのまま寝た。
翌日も今一つ落ち着いてなかったが、絶食のまま仕事をし、当直をこなし、その翌日も絶食した。
どうにも不快な痛みが続くので、「膵炎か膵癌じゃないかと思うんだけど」と同僚に相談した。
結論から言うと上腸間膜動脈解離だった。
上腸間膜動脈は、大動脈から腸に向かって入っていく血管のひとつだが、この血管の内側に傷ができてぱかーっと壁が裂けてポケットができるのが解離。このめりめりとはがれる瞬間が、ものすごく痛い。上の写真の青の線で描いたところが本来血管の輪郭であるべきところだが、その内側に黒いのがせり出してきている。これが下の絵の「偽腔」。
もしそのまま偽腔が広がって真腔を押しつぶすと、腸に血流が行かなくなって、腸が腐って破れれば命に関わる。直ちにそのまま勤務先の病院へ入院となり、翌日娘と息子のいる嫁実家に行くことも、娘の2歳の誕生日を祝うことも、家に着替えを取りに帰ることすらできなくなってしまった。
嫁、娘、息子、嫁のご両親の決断は速かった。翌日嫁実家から私たちの家へ大移動し、世話をしてくれることになった。
絶食の間、点滴2つとシリンジポンプ二つをつながれ、尿カテーテルを入れられ、ベッド周囲への移動は許可、大のほうは見守り(さすがにトイレの中にまでは入ってこられなかったが)。
結婚して嫁の薄味料理になってから血圧は120-130mmHgぐらいに落ち着いていたので油断していたが、この病気になる前にはいつの間にか上がっていたようだ。150mmHg前後と高い血圧が今回の病気の原因の一つと思われたので、降圧剤が始まった。すぐに100mmHg前後まで下がり、ベッドを起こしただけでくらくらする。血圧が下がりすぎると腸への血流も滞るから気をつけないといけない。また狭くなった血管のところで血栓ができないよう、血液サラサラの薬(アスピリン)も始まった。
とにかくすることがない。普段ゲームなどしない人間なのだが、ツイッターやフェイスブックをやっているとどんどんモバイルデータ使用量が上がって行ってあっという間に制限に引っかかりそうになるので、通信をあまりしないタイプのゲームをするほかない。「どうぶつの森ポケットキャンプ」をダウンロードして、一日のうち6時間ぐらいはぼけーっとそれをやっていた。
とはいえ勤務先の病院なので、仕事はし放題である。看護師さんが電カル抱えて部屋にやってくる。我が担当病棟は満床で、さらに2人の患者の受け入れもした。ただ、あくまで入院中であって給料は出ない(あとから休業補償を請求した)。こちらJCS 0、ビンビンに意識清明である以上仕方がない。
絶食は、入院前の3日間を含めて11日間に及んだ。そしてついに点滴が外れる日が来た。
なんという爽快感。
そして翌日から食事が始まった。
これが重湯かー。人には出してたけど自分では初めて食べたゃ。
いやいや、絶食がずっと続いていたからこれでもとても美味しく感じる。ああ、おなかいっぱい。
続いて、三分粥や刻み食が出てくるようになった。もう何でもいいから、がつがつ食べてやる!と思っていたが、これを残さず食べるとおなかいっぱい、むしろ食べすぎかなと思うくらいなのだ。
刻み食の不気味なところは、元が何かわからないことだ。まあ何かを当てるつもりで楽しんで食べてはいたが、この黒っぽい塊はさすがに不気味だった。ナスとゴボウの煮物だと思われ、味は良かった。
ついに形のあるものが出てきた!万歳!白いご飯だ!ペロリと食べてやるぞ!
……と思ったが、どうにも食べられず、ご飯を半分以上残さざるを得なかった。どうやら腸への血流が完全ではないせいで、いっぺんにたくさんのものは食べられなくなっているようだ。このころには2~3日に一回は娘や息子を連れてきてくれるようになった。家族、特に子供たちの顔を見るのは本当にいいよね。軽く外来もこなしたりしていた。
個室に移ったのでBGMを流していた。ドビュッシー、ラヴェル、メシアンなどの歌曲を流しているとなんとなく頭がおかしくなっていい感じだった。
リハビリも始まった。一週間以上寝たきり生活だったので、やっぱり歩き出しは少し息切れがする感じがしたが、すぐに慣れ、500mを6分で歩くチャレンジにも無事成功した。ジョギングも久しぶりに走ると2kmでもきついが、次の日には3kmも平気になるようなものだ。退院後もすぐに家では娘を抱えて二階に上がったり、近所の公園へ連れて行って滑り台遊びに付き合ったりしているが、特にきついとは感じない。
しかし絶食11日、その後も極端に少食になって、こんなに食べてないのに体重は85kg→80kgと、5kg減にとどまった。人間、なかなか痩せないものではあるなあ。
と思っていたが、その後も食欲は回復しない。いや食欲はあるのだ。おなかはすくし、どんなものでも美味しい。でも急いで食べるとおなかが痛くなる。ご飯粒や麺類がダメなようで、おかゆもおじやも丸呑みしていたうどんも、律儀に80回噛んでから胃に流し込むと大丈夫だ。そうやってゆっくり食べているうちにほんの少しの量でおなかが膨れて食べられなくなる。二歳の娘の食べる量の半分くらいで満腹になるときもある。
入院中はもちろん酒断ちだが、幸いにして幻覚を見ることはなかったし禁断症状もあらわれなかった。酒飲みとしては大したことなかったらしい。退院してからも、ほとんど飲んでいない。正月に義父とワインを少し飲んだ程度。
そして現在は、こんな感じだ。
入院前から12kg減。おかげでベルトが余ってしょうがない。ぎちぎちで捨てようと思っていた寝巻用フリースもぶかぶかだ。以前より寒がりになったような気もする。
なかなか痩せないなあ、病気になったら痩せるかなあ、などと考えていたが、実際に病気になった今、そんなことを考えてしまった自分を、深く反省している。
あと12kg痩せたい。
この病気は、40-50代の男性に多い。造影CTを撮らないとわからず、見落とされることも多い。たまたま撮った造影CTで分かったものの特に症状がなく、いつ発症したのかわからないケースも多々あるそうだ。見つかり方からしてこんな調子なので、発症率や有病率もわかってないし、なぜ起こるのか、どんな人に起こりやすいのかもよくわかっていない。タバコじゃないかという論文もあった。確かに受動喫煙14年、能動喫煙7年の喫煙歴もある。
最近、同じ解離でも大動脈解離の方で言われているリスク要因に、痛み止めが上がってきている。ロキソニン、イブプロフェン(有名な「イブ」など市販薬に多い)などのNSAIDsを長期連用している人に多いようだという研究結果があるそうだ。否定的な結果を出している論文もあり、まだ何とも言えないところだが、もし本当にそうだとするなら困ったことになる。高校時代からの腰痛で、これらの痛みどめはもはや手放せなくなっている。最近二日ほど切らしただけで娘の抱っこも困難になるほどなのだ。他の血管にも起こるのでは、と戦々恐々としながら日々の生活を送らざるを得なくなる。
まあここらへんについては、今後データが蓄積されていくのを待つほかはない。
追記。
下ネタなので苦手な人は読まないでください。
尿カテーテルは、前回の入院では抵抗して入れさせなかったが、今回は少なくとも一週間は動けないと言われたので、おとなしく入れてもらうことにした。ただやっぱり、職場の病院でもあり、女性看護師に入れてもらうのは恥ずかしい。せめてもと、男性看護師に入れてもらうことにしたが、「女性の産婦人科医だからといって女性に優しいとは限らない」とよく聞くように、男性看護師だから尿カテーテルを入れるのが上手とは限らなかった。S君は下手だった。痛かった。要するにちんちんの引っぱりが足りないのだ。亀頭の下に指をひっかけてしっかり引っぱって伸ばさないと尿カテーテルは入っていかない。おとなしくおばちゃん看護師に任せるべきだった。
私自身は、手術室で尿カテーテルが入らないときには泌尿器科医の前に私が呼ばれるくらいの腕前だったから、これなら自分で入れた方がましだと思うくらいだった。いやもちろん、自分で入れるときはやっぱり手心を加えてしまうからダメなのもわかってるよ。
前回入院で手術時に尿カテーテルを入れられたくなかったのは、それが刺激で勃起するからだ。40代ぐらいまでの患者だと、だいたいギンギンに勃起する。あの時の手術室の空気は何とも言えないものがある。自分の意識のないところであのような空気で見られると思うと絶対嫌だった。
今回は意識もあるし、特に性的に興奮する要素もなかったので大丈夫だった。そして本当に体力的に参っていたので、カテーテルを入れて数日間は寝ている間も勃起はしなかった。
すこしずつ元気になってきてからが問題だった。レム睡眠の間、ちんちんは生理的に勃起するようになっている。夜中にちんちんの激痛で目が覚める。見ると勃起していて、ちんちんの先がカテーテルを固定しているテープに当たっている。血も滲んでいる。痛さでちんちんはあっという間に縮むが、どうやら先っぽが少し裂けてしまったようだった。テープの位置を変えてもらったが、やはり勃起するとめちゃくちゃ痛い。これが三晩ほど続いた。夜が恐怖だった。
カテーテルが抜けたときは本当にほっとした。













