今、ここに書いておきたい方がいます。
その方の講演が、私の人生を変えるきっかけの一つになったと思っています。


松本市には、品質・生産量ともに世界一と言われるギターメーカー、フジゲン株式会社があります。今月2日、その創業者である横内祐一郎さんが、98歳でその生涯を終えられました。


 

訃報を聞いてから、横内さんのことがずっと頭から離れませんでした。

こうして書くことで、心の中でお別れができる気がしています。


 

今から20年ほど前、娘の中学のPTAで、たまたま参加した講演会の講師が横内祐一郎さんでした。当時の私は、フジゲンという会社のことも横内さんのことも知りませんでした。


演題は「運を掴む」——「人には限りない力が与えられている」でした。

横内さんのお話は本当に面白く、一瞬で心を掴まれました。


 

小学校の代用教員をしていた横内さんは、家業の農業を継ぐことになります。
生産性をどう上げるかを追求し実践していく中で、そのやり方を学びたいと、多くの人が見学に訪れるようになったそうです。


 

作物や家畜の育て方を変えると2倍の力を発揮する。人間も同じだ。
後年、農業をやめてフジゲンを経営する中で、人の育て方や活かし方において、この体験がどれほど役に立ったかわからない——そう語っておられました。


 

特に印象的だったのが、今から62年前に単身アメリカに渡り、ギターの販路を開拓したお話でした。


 

英語ができなかった横内さんは、3か月間まったく契約を取ることができませんでした。絶望の中、公園で泣いていた時にひとりの男性に声をかけられます。
 

 

「私の家に来なさい。英語を教えてあげましょう」
 

 

見ず知らずの男性ハリーさんの家に泊まり、奥様から英語の猛特訓を受けることになりました。そのおかげで、わずか10日ほどで相手の言っていることがわかるようになったそうです。


 

ある日、ハリーさんからベトナム戦争についての考えを問われたとき、横内さんは自分の思いを堂々と語ることができました。前もって用意していたわけではないのに、言葉が次々と出てきたと言います。


 

ご夫婦から「もう大丈夫!」と太鼓判を押された横内さんはその後、アメリカ各地においてギター1万本の契約を取ることができました。


 

人種を超えて信じ合える人との関係。
他者の力を借りて困難から立ち上がる強さ。
ひとつの事を一心に追求する姿勢。



私は横内さんのお話に、深い感銘を受けました。


 

牛舎からギターの会社を興し、世界一と言われるまでのギターメーカーにした人、それが横内祐一郎さんです。


 

講演会の後、私はふと思いました。
「いつか横内さんに、私の作ったラーメンを食べに来て頂こう」と。


 

身の程知らずな願いですが、そう思うだけで嬉しくなって「また頑張ろう」という力が湧いてきました。


 

当時、店を引き継いで3年程経った頃で、先代のやり方を変え、自己流にやっているうちに自分でも何だかわからないラーメンになっていました。お客様が減り、店には閑古鳥が鳴いていました。


 

横内さんのお話を聞いて気づいたのです。
私、ラーメンのことを何も知らないままラーメンを作っていたのだと。


 

横内さんがかつて、音階理論も知らずに作った千本のギターをすべて返品され、大赤字になったという話のように——。


 

どうすれば美味しいラーメンが作れるのか。
どうすれば多くのお客様に来ていただける店になるのか。


 

ラーメンや経営に関する本を読み、考え、ラーメンを作り続けて来ました。
横内さんの著書【運を掴む】も、何度も読み返しました。


 

そして十数年後——


 

横内さんが、本当にゑびすやに来てくださる日が訪れました。
偶然のご縁が重なり、直接お話をさせて頂けるようになったからです。




 

今、改めて思います。
横内さんは講演の日からずっと私に、希望と勇気を与えて下さいました。
足元を照らしてくださるその灯りを頼りに、今日までラーメンを作り続けてきたように思います。


 

今一度、横内さんに頂いたお言葉を心に刻みます。


 

・自分がこうなりたいという願望を、強く持ちなさい。

・人は他力で生かされている。他者の力を素直に受け入れられる自分でいなさい。

・組織の温かさは、率いる者が作る。

 

・リーダーは、どんなに辛くても疲れた顔を見せてはいけない。

・どうすれば相手を安心させ喜ばせることができるか、常に考えなさい。



中でも忘れられない言葉は、
「優子さん、私がゑびすやの店主でございます・・なんて思い上がる気持ちがこれっぽっちもあったらいけないよ」とおっしゃったことです。


その時はわかりませんでしたが、今はわかります。
横内さんご自身が、自分はフジゲンの創業者だという気持ちをこれっぽっちも持って人に接しておられなかった。同じ一人の人間として目の前の人と関わっておられたことを。


人が大好きで、ご自分から人に歩み寄っていく方でした。
目を閉じれば横内さんの穏やかな声が聞こえ、少年のような笑顔が浮かんできます。



フジゲンのギターから、そして横内祐一郎さんという存在から、希望と勇気を与えられた方々が大勢おられることでしょう、きっと世界中に・・・

 

横内さん、本当に有難うございました。
ご冥福をお祈りいたします。



支那そばゑびすや店主
久保田優子


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