甲板に大の字になりて星仰ぐ
冒険者の夢は果てなく


 爆発が起きて、辺り一面が炎に包まれた時、ジェイコブは自らの死を悟った。
 これで火星の開発が10年遅れる、などと、あまりに客観的な思いが、一瞬の内に頭を過ぎった。
 ミランダ、アイザック、ジョセフ。
 送り出してくれた時の家族の顔が浮かぶ。火星に向けて旅立つあの時はなんと誇らしく、幸せで、しかし辛い気分だったことだろう。
 船外活動に出る直前のできごとで、宇宙服に着替えていたことが幸いした。ジェイコブは爆発の衝撃でできた宇宙船の亀裂から宇宙に放り出されただけで、奇跡的に無傷で済んだ。
 ジェイコブは凄まじい速度で光の中心から遠ざかりながら、しかしこれが何の幸運でもないことにすぐに気づいた。
  宇宙船から切り離された今、生命維持装置を動かすバッテリーはせいぜい3時間ほどしか持たないだろう。帰る宇宙船ももはやなく、自分はこのまま何かの重力 に引き寄せられるまで、慣性の働く限り、永遠に宇宙をさまようのだ。つまり他のクルーより、3時間だけ死ぬのが遅くなっただけ。
  なぜ爆発が起こったかはわからない。ただ、火星を崇拝対象と仰ぐ、過激な宗教団体が、火星への有人探査を痛烈に批判していたことをジェイコブは知ってい た。もしかしたら、クルーにその信徒が紛れ込んでいたのかもしれない。爆薬を調合できる薬品なら、船内にいくらでもある。あの規模では生存者は他にいない だろう。
 死を目の前にしながら、彼の心は冷静だった。宇宙空間に独りぼっちの恐怖を感じるより、むしろ神の懐に抱かれているような暖かささえ感じられた。
 漆黒の空間に、純粋な瞬かない光を放つ無数の星々。地球の姿は判別できないが、家族がいる方角はなぜか感知できた。妻とまだ幼い子供たちの顔がバイザーの内側にはっきりと浮かび、彼の頬に笑みが浮かぶ。
 不思議な感覚だ。地球から6000万キロも離れているというのに、手を伸ばせば触れられるほどのところに彼らがいる。思考は距離を超越する。彼はそれを実感していた。


 数時間後。
 宇宙服が酸素も体温も維持できなくなった。バイザーの内側が白く曇り視界がなくなる。しかし彼は何も慌てることなく、その時を待っていた。
 遙か遠くから太陽の光がすーっと伸び、彼の身体にまつわりついた。
 その光を伝って・・・天使が手を伸ばしている。
 彼は重い殻を脱ぎ捨て、その手を求めて、光の梯子を登り始めた。