人に期待する人って、
自分で期待を背負う人でもある。
誰からも直接は
言われてないけど、
親を
先生を
周りの人を
喜ばせようと思って
高いハードルを飛ぼうとする。
他人の期待を自ら背負って
期待に応えられるように頑張って
結果を出す。
でも、
結果を出すほど
背負うものが重くなる![]()
そうやってきた人は、
自分の周りにも
自分の期待を押し付ける。
背負うのが当たり前。
期待に応えるために
頑張るのが普通。
それが常識。
それが人生のルール。
期待されたら
頑張るのが普通だから、
その普通を周りにも
当てはめる。
子どもに
部下に
夫に
妻に
期待を押し付けるのは、
そして、
期待してるからこそ
イライラするのは、
自分が期待を背負ってきたから。
期待を背負って
人から認められるために
頑張って努力してきたから。
相手に今してることは、
自分が過去にしてきたこと。
今になって、
「期待に応えなくても認められる」
「頑張らなくてもよかった」
なんて認めたら、
今までの自分の努力が
ムダで、損した気になる
笑
だから、認めたくない
笑
でも、よーーく考えると、
何も損してない( ̄▽ ̄)
期待を背負って
しんどい思いして
出してきた結果は
ムダじゃないし、
結果を出せる能力は
消えない。
今も持ってる。
(忘れてるかも知れんけど)
期待を背負って、
よかったこと
辛かったこと
両方を
「少し高いところから」
見比べて、
これからも背負うのか
誰の荷物(期待)なら引き受けるのか
誰の期待はスルーするのか(笑)
自分で決める。
それは、期待を押し付けてきた
親を許すことかもしれないし、
先祖代々受け継いできた
負の連鎖を切ることかもしれない。
どちらにせよ、
自分で決めたことが正解。
(もう、懐かしい、中学聖日記。笑)
人からの期待の荷物を降ろして、
自分で歩く人のための






