先ほどの貫名選手への指導。
そこで私自身が体験した「指導者としての大きな気づき」をシェアしたいと思います。
人を指導するにあたって、今回は「相手をどうにかする」前に、「自分がどう在るか」を徹底的に大事にしてみました。
1. 「何か探さなあかん」という不快感と向き合う
まず最初に彼から言われたのは、「フォームを見てほしい」というよくいただく依頼。
実はこの瞬間、私はいつも微かな「違和感」を感じていたんです。今回もそれはやってきました。
これまでは、その違和感を無視して「プロとして、何かアドバイスできるポイントを早く見つけなあかん!」と焦っていた気がします。
でも今回は、その違和感を追い払わず、そのまま持ち合わせた状態で自分を観察してみました。
すると、自分の腰がめっちゃ重たくなっていることに気づいたんです。その重さに引きずられそうになっている自分。
そこで「あ、まずは自分や」と思い直し、相手を分析する前に、自分の「頭と脊椎の関係」に意識を向けました。
2. 素直な言葉が、相手の扉を開ける
自分の頭と脊椎の関係性に気がつくと、不思議と「話のキッカケを探そう」という力みが消えていました。
だから、心に浮かんできた言葉をそのまま、素直に伝えられたんです。
「そんな悪いフォームちゃうけど、自分としては何か問題ある感じなん?」
格好つけた指摘じゃなく、素直な疑問を投げかけた瞬間、彼の中に「余白」が生まれたのがわかりました。
そこから彼が「実は走り込みの後半でバテてきて…息が…」と、本当に困っていることを自ら話し始めてくれたんです。
指導者の「正解を見つけなあかん」という力みが取れると、相手はこんなに話しやすくなるんやな、と実感しました。
3. 「食らいつきたい衝動」を抑えて、ただ居る
もう一つ、ステップ(段差)を上がる動きを観察していた時のことです。
彼が片足をかけて動き始めたとき、いつもの私なら「あ、足に体重乗せるときに違和感が…!」と見つけた瞬間に食らいついて、すぐさま修正を始めていたはずです。
でも、ここでも踏みとどまりました。
自分の頭と脊椎を気にして、その場に「留まって」みたんです。
決して放置するわけではなく、「ちゃんと見てるよ。気になったら声かけてな」というオープンな状態で居続ける。
すると、またしても面白いことが起こりました。
私から指摘する前に、彼の方から「……足首の状態が、実はこうで……」と、自分から課題を差し出してくれたんです。
4. 指導者の「在り方」が、最高の解決策を生む
今回、私は「答え」を教えるのをやめました。
代わりに、自分が整った状態で「待つ」ことを選びました。
そうすることで
- 相手からの疑問が自然に引き出される
- 指導者と選手が「同じ目線」で課題に向き合える
- 相手が自分の感覚を信頼して、自ら解決するプロセスが生まれる
という、理想的な流れになったんです。
「何かを見つけて直してあげなあかん」という制限のある気にし方を手放したとき、現場はこんなに自由でクリエイティブな場所に変わる。
教える側の私が自分を整えることこそが、最大のサポートになるんやと、改めて確信した一日でした。
yeah!!