「リハビリなんて、したくないわー」
そんなんが全身から溢れ出してるような子がいます。
いつも指示を出しても、聞くどころかちょっとふざけて返してくる。ハンドリングしようとしても、わざと寄りかかってきたりして、正直「リハビリ」らしい時間にはなってませんでした。
けど今日、ふと思って自分の「在り方」を変えてみたんです。
いつもの「なんかしなきゃ」っていう構えを、一回やめてみました。
「なんかしなきゃ」を手放してみたら
ただ近くにいて、なんとなく話をしたいから喋る。
「セラピストとして何かさせなあかん」っていう鎧を脱いで、いわば「いつも以上に不真面目な自分」で、その子の隣にただ居てみたんです。
そしたら、びっくりすることが起きました。
その子の方から、スッと足を差し出してきたんです。
「あ、ストレッチする?」って聞いたら、「うん!」って。
「ええーっ、そんなことあるんや!」って、心の中でめちゃくちゃ驚きました。
指示がスッと通った「秘訣」
実際にアプローチに入ってからも、私のスタンスは変えませんでした。
理学療法士としてのモードは保ちつつも、頭の片隅にあった雑念を全部捨てたんです。
これまでは、どこかでこんな風に思ってました。
- 「上手くできるかな……」
- 「リハビリなんやから、こうした方がええに決まってる」
- 「どうせまた嫌がるんやろな」
こういう、自分勝手な期待や不安が混じった指示って、不思議と相手に伝わってしまうんですよね。
今日はそれをやめて、「自分の仕事を楽にするため、そしてこの子にとって大事なことや」っていう、根拠のない、でも真っ直ぐな自信を持って、淡々と具体的に指示を伝えました。
そしたら、もう、指示が通る、通る。
「なんかしなきゃ」から脱却して、ただフラットに伝えるだけで、こんなに変わるんやと実感しました。
「為すがまま」が生む変化
ジャンプの課題に移ったときも同じです。
お互いの目標が自然と一致したことで、触れるべき場所(タッチポイント)もスッと導かれるように決まりました。
結果、ジャンプの質も、明らかに昨日までとは別物。
今日は、ただ自分の在り方を変えて、あとは「為すがまま」に任せてみました。
理学療法士モードになると、どうしても身体も心も「縮こまって」しまいがちです。でも、そこをちょっと緩めて、正解を追い求めない自分を楽しんでみる。
その心の余白が、相手の「真面目さ」を自然と引き出してくれたんかもしれません。結局のところ、その子はリハビリが嫌というわけではなかった訳で、その空間にNOを示していただけな訳ですね。
リハビリって、技術の前に「どう居るか」が一番大事なんやな、と改めて感じた一日でした。
yeah!