「人生の階段で足踏みしてる」
最近もっぱらそんなこと考えてる。
周りの子達が結婚したり、赤ちゃん産んだり、
そういうのがうらやましいのかな。
うらやましいんだよね。
いいなぁいいなぁ、
なんか愛する人がいて、でもってその人と結婚して、
あんなことこんなことして赤ちゃんできて・・・
それが階段なのか?
1年前、社内恋愛していた彼氏にこっぴどく振られた。
数日間のバトルでプライドも自信もズタズタになった。
その後、彼は私と別れて1週間で彼女ができ、
それがまた、案の定同僚で、二股発覚で、
そんなこんなで2ヵ月後には結婚していたという、
それを前のデスクで見続けなければならなかった私がいたわけで。
失恋は時が癒してくれるというけれど、
毎日顔を合わさなければならない私には、
この1年は何も癒してくれなかった。
1年で何が変わったかといえば、
彼を好きな気持ちが、「怒り」でかき消されたくらい。
状況は何も変わらず。
未だに私は、彼の前のデスクにいる。
結局、仕事やめる勇気も無かった。
「仕事やめる!」そんな言葉をちらつかせて、
復縁を願っていたくらいの卑怯な女なの。
今は復縁なんて考えられないけど。
いろんな意味で。
階段を上るってどういうことなんだろう?
上で述べたのが幸せの階段なのかな?
それももちろん幸せの階段だろうけど、
実は上ってんじゃないのかなって思えることが、
友達との会話であった。
「 艶香はいきなり『この仕事がしたい!』っていって、
東京の専門学校行って、それで今、
その仕事について、がんばってるじゃない。
それってすごいことだと思うけど。」
あぁ、そうか。忘れてた。かまけてた。
その点については、確実に上ったかもしれない。
このご時勢、夢を見て、それを実現することが、
どれだけ難しいことか。
そこは、天が味方をしてくれた、かもしれない。
それを、失恋ごときで、
しかも復縁を迫るという卑怯な手を使うために、
「仕事をやめる!」
よくもそんなことがいえたもんだ。
折角、与えてくれた天職を、
いとも簡単に捨ててしまおうだなんて。
でも、何だかんだいって、捨ててない。
私は仕事をやめてない。
結局、恋は消えてなくなったけど、
仕事は消えなかった。
そういうことなのかもしれないな。
人はこうやって、一歩一歩ふみだして、
消えてなくなるものは、追い求めず、
いや、追い求めることに疲れてやめる。
そして、結局なんだかんだいって消えないものに、
寄り添って生きていくのかもしれない。
階段を上るということは、
ここぞで消えないものをちゃんとつかんでいること。
消えるものは、ここぞで消える。
そのターニングポイントを、見極めること。
これからワタシには、
その見極めるトキがたくさんくるんだろうな。
ちゃんと、つかんでいなくちゃ。