患者の視点に立つ | NEX‐bloG

患者の視点に立つ

「リハビリの結果と責任―絶望につぐ絶望、そして再生へー池ノ上 寛太」

患者の視点に立つこと。
それは医療従事者として基本的な立場であると思います。
しかし、果たしてどれだけの医療従事者がそれをできているのでしょうか。
この本を読んで、それを問われたような気がしました。
理学療法士として2年目を迎えました。
気持ちを新たにという意味で、いい時期に出会えたと思います。
この本を読んで考えたことを綴っておこうと思います。
今のため、そして、今後のために。


突然の発症、現状が理解できぬまま日々は過ぎる。
未知には不安がつきもので、それが自分の人生であれば尚更。
過去と未来のギャップの中にある現在に存在する不安と絶望。

その中での障害受容。
目を覚ましたら身体が動かなかったら。
気づかぬ中で高次脳機能障害になってしまったら。
果たして自分にはそれができるのだろうか。
わからない。
何せ自分にはその経験がない。

では、その現実を突きつけられた患者を前に、セラピストとして何ができるだろうか。

患者は病名も、自分の身体のことも、今後の未来もわからない。
何が知りたいのか、セラピストは何を伝えればいいのか。
我々は身体状況を最も理解し、今後を考えている専門家であるはず。
然るべき情報提供と然るべき問題解決のためのリハビリテーションを提供しなくてはならない。
相手の気持ちを察しながら。
専門性を第一にしながら、人間性は忘れてはならない。
不安を少しでも軽減し、前向きに人生を受け止められるように。
それが医療従事者としての責任。

先輩にこんなことを言われたことがある。
「患者さんが自分の親だと思ったら、今と同じ介入をするか?」

そのときに胸を張ってYesと言える。
常にそうでなくてはならない。
そんな情熱を持って接しなくてはならない。
プロフェッショナルとして、そして一人の人間として。

それが自分なりの「患者の視点に立つ」という立場であると今は思う。

「最後までお気遣いありがとうございました。ここまで歩けるようになったのも先生のおかげです。あなた方からしたら仕事の一部なのかもしれません。しかし、私にとってはこれは人生なのです。これからも多くの人の人生の大切な手助けをしてください。」
昨日最後の介入を終えた患者さんの言葉。

人生を背負っている。
これからの人生に対する前向きな姿勢と生きがい。退院のときにはそれを最高のプレゼントとしてお渡ししたい。
おこがましいかもしれないけれど、できる限りを尽くしたい。