テストから考える。
帰国子女の入学試験の口頭試験に立会い感動した。
筆記試験の出来はよくなかったが、質問にはきはきと答える姿に。
その姿は、日本で受験勉強に心身をすり減らした学生と比べると、実に対照的である。
第一に、目の輝きが違う。目が語る表情が違うのだ。
そして、大学に入って何をしたいかについて、しっかりと考えている。高校時代に目標を定め、そのための必要な修行として大学を位置づけているのだ。
日本の学生のように大学に入ることが目的なのではなく、将来に必要な能力を獲得するために大学を利用しようと思っているのである。
教育というものが、入試を目的としたものなのか、個人を確立するためのものなのか、彼らの差が如実に現れている。
今日行った中学生のテストより。
目的と高い志を持って大学にいくことは非常に重要であると思う。
自分の人生を自分のものとして受け止め、何が自分の糧になるか考え生きていく。
こうした人間は授業をサボったり、面倒だと言うこともないし、教室の後ろにただ存在するのではなく、前方で目を輝かせて授業に参加するはずだ。
何より自分がそうだった。
塾の授業料も、受験の費用も、大学の授業料も自分で支払った。
一時限の授業に数千円支払っていると考えれば無駄にはできなかった。
自分の将来・未来のための投資を成功させるのは、自分自身の努力でしかない。
大学での生活は、今でも自分の血となり肉となり、自分という個人を確立している。
国語の問題を解きながら、こんなことを考えた生徒はいないであろうが、何か感じてくれれば幸いである。
素敵な文章に出会えて良かった。