
鶴岡八幡宮
【行程】
27日:上田 ⇒ 東京 ⇒ 鎌倉(お昼) ⇒ 鎌倉高校前 ⇒ 鶴岡八幡宮 ⇒
宿(宴会)
28日:宿 ⇒ 羽田空港 ⇒ 東京 ⇒ 上田

マホロバ・マインズホテル三浦(玄関)
今年の同級会は、4月上旬に来た、小松幹事からの「3組同級生の皆様へ」と題する便りから始まった。中では、宿となるホテルが、京急三浦海岸駅近くの「マホロバ・マインズホテル三浦」に決まったこと、全室オーシャンビューで、朝、房総半島から上る太陽が見られること等が紹介され、同級会のメインは宴会とカラオケとの二本立てで最高に楽しめると、鎌倉観光・横浜観光(雨天場合は羽田観光)の詳細な案内と共に書かれていた。行間から、どうやら幹事は遠い昔皆で行った修学旅行に想いを馳せ、鎌倉の史跡・横浜港の現在等を巡りながら、中学時代の昔日の想いを体感できる旅にし、宴会で同級生の親交を深めたいと考えている様であった。
今回は「東京の方(ほう)」開催とのことで、幹事は関東在住の小松君と中村(洋)君の2名。参加者は、幹事2名の他に埼玉・千葉から各1名、名古屋から1名、丸子から6名計11名であった。

上田駅外観

上田駅新幹線改札口
【いざ鎌倉】
翌日の雲行きが心配される中、丸子班は9時39分発の「あさま612号」に乗車。東京駅北陸新幹線北改札口で迎えに出てくれているはずの3名とうまく合流出来ることを願いながら上田駅を出発した。

小町通り入口(中央に「わん」の看板)
東京駅では全員の合流に多少時間がかかったが、無事鎌倉駅目指して横須賀線に乗車。予定よりやや遅れて駅に到着したものの、昼食会場の「くいものやわん小町通店」へ。店は小町通り入口の赤い鳥居の脇にあり、直ぐに分かった。鎌倉駅から合流の1名を加え、10名での昼食となった。鎌倉は、近くの腰越海岸で採れる「しらす」料理が有名で、産地が近いので生のしらすが食べられるとのこと。「生しらす・釜揚げしらすの二見丼」と言うのがあったので、これを食べて見た。山国にいると生のしらすなどと言うものは食べる機会がないが、生姜醤油が効いて絶妙な味。旨かった!熱燗が合うか!
食事前に幹事から今日の予定の説明があった。それによると、これから江ノ電で鎌倉高校前まで行き、時間の都合で長谷の大仏参拝は割愛。鎌倉駅に戻って鶴岡八幡宮参拝、小町通り散策等をした後、宿に向けて移動とのこと。
鎌倉高校前に行く目的は、「江ノ電」に乗ることと、駅のホームから修学旅行で行った江の島が直ぐ近くに見えるいい景色があるので、これを是非見せたいとの幹事のこだわり。スラムダンクの何とかも有名だとの解説もあったが、理解出来ず。

鎌倉高校前駅看板

鎌倉高校前駅ホームにて

江の島

ヨットハーバー

湘南海岸にて1

湘南海岸にて2
【江ノ電鎌倉高校前駅へ】
ラッシュ時の通勤電車並みの混雑の江ノ電に飛び乗り、「鎌倉高校前駅」に到着。海が目の前に見え、サーファーがサーフィンをやっていたりヨットが浮かんでいたり、湘南海岸らしい景色が展開されていた。これが、石原慎太郎・裕次郎兄弟の「太陽の季節」の世界かと思いながら、暫く島のヨットハーバーを眺めていた。島は橋で陸続きのように見える。同行の同級生にあれは何だと聞いたら、「何言ってるのよ!あれが江の島よ!」と。この先に江ノ電の江の島駅があるから、位置的には確かに江の島なのだろうが俄かには納得出来ず。何故か。写真とか、テレビ中継で良く見る江の島駅を背にした景色では、島に続く長い道(橋)の延長に江の島があり、島の形もこの景色で承知しているが、見る方向が違うので、果たして?と思った次第でした。幹事の見せたかった海に浮かぶ江の島の景色は、良く見えました。

アニメの聖地(中央右の踏切後方から海を臨む)
【アニメの聖地】
電車を降りた人の流れは踏切を渡った道路の向こうにある海の方向に向かっているようだが、どうもおかしい。素直に海に向かって行けば、自然に流れが出来て人込みなど出来るはずは無いのだが、ホームを直進し、最初の道にぶつかるあたりの交差点の、手前にも向こうにもあちこちに何だか訳の分からない人だかりが出来ている。おまけに警備員も不釣り合いな形で2名も配置され、交通整理をしている。一種異様な雰囲気に、警備員に訳を尋ねたら、「アニメの聖地」だと。幹事から、それらしい話は事前に聞いてはいたが、相応しい様な建物も草木も景色も全くなく、実感が持てず。踏切と国道を渡って海岸の堤防まで行って見たが、波の打ち寄せている砂浜が近くに見えるだけで、ホームから見た景色と変わりなし。スラムダンクのアニメとどう関係してくるのか、不可解な気持ちのままで、謎は解けなかった。
【アニメ聖地の言われ(後日談)】
後にネットで調べたところ、謎が解けた。
「アニメの聖地」は、どうやら海岸に行く時に渡った江ノ電の踏切(鎌倉高校前1号踏切…通称ここを「スラムダンク踏切」と言うのだそうです。)で、さっきの人だかりは、この踏切(聖地)を写真に撮りたい人の群れの様で、この人たちの行儀が悪く、車道に立ち入ったり踏切に立ち入ったりして危ないので、警備員が配置されている様です。
因みに「スラムダンク」は、1990年から少年ジャンプに掲載された漫画で、バスケ部のマネージャー晴子に憧れる不良少年桜木花道が、バスケ部に入部し成長していく物語とか。この物語がアニメで映画化され、オープニングで花道がこの踏切の前で江ノ電が通過するのを待つシーンが周りの風景とともに印象的に映し出されていることから、この踏切がアニメの聖地とされるようになったとのこと。海外(特に中国)からの観光客も多く押し寄せている様です。

鎌倉駅(東口)

小町通り1

小町通り2

二の鳥居
【鶴岡八幡宮参拝】
さて、先を急ぐ我々は、再び江ノ電に乗り鎌倉高校前駅を後にして、鎌倉駅に戻った。この先の宿への到着時間を考えると、鎌倉市内をゆっくり見学している時間はない。併せて雲行きが怪しくなり雨の気配も。そこで、3時50分には今いる西口集合と決めて、希望者は鶴岡八幡宮参拝と小町通り散策に出かけることになった。足腰の都合でここに留まる者、小町通りを散策する者、若宮大路(参道)を行く者と分かれての行動となった。不肖私は、鎌倉に行ったら「クルミッ子」なる菓子をと頼まれていたので、本舗のある若宮大路を通って八幡宮に行く事にした。歩き始めたらコウモリを必要とするほどの雨が降って来て、写真撮影もままならず。今歩いている道は、若宮大路だと承知していたが、幹事からの案内では鶴岡八幡宮に行くのに、「小町通ぶらり散歩」の他に「段かずらを歩く」とある。はて、若宮大路は別名「段かずら」と言うのだろうか。訳が分からないまま参道を歩いて行くと、三の鳥居近くに「紅谷」なる店を発見。どうやら、ここが「クルミッ子」の発売元らしい。そんなに大きな店ではないが、中は賑わっている。求める商品があるか聞くと、本日分は既に売り切れとのこと。午前中で全て売り切れてしまうものらしい。そんなに人気のある商品なら、是非食べて見たいと思ったが、諦めるしかなかった。

三の鳥居

八幡宮遠景
再び参道に出ると、三の鳥居の向こうに太鼓橋があり、さらにその向こうに長い階段が見え、目指す八幡宮の社はその奥にあった。随分広い境内である。中学校の修学旅行で行った時は、この階段の脇に立派な大イチョウがあり印象に残っていたが、どこを探しても無い。平成22年(2010年)3月の春の嵐で根元から倒れてしまったようである。階段を上り下りしている時に雨が強く、歩くのに精いっぱいで大イチョウの跡を探す余裕は無かったが、14年経った今、残った株から生えたひこばえが成長し、立派な樹木となっているようです。世代交代か。イチョウは生命力が強い。雨にも関わらず境内は参拝客で溢れていたが、その人込みに混じって参拝を終え、八幡宮を後にした。
【「段かずら」について(後日談)】
「段かずら」とは、若宮大路の二の鳥居から三の鳥居の間の中央部に造られた、車道の高さよりも高い道路(歩道)のことを言い、葛石(かずらいし)を段状に敷き詰めて造られているので、この部分を「段かずら」と言うのだそうです。通りの両側には桜が植えられ、桜が咲く時期には花見で賑わうそうです。「段かずら」は、八幡宮の境内地とのこと。若宮大路は何回も歩いたことがあり、駅から歩いて来ると、ここから三の鳥居まで車道が変則的に広がっているので不思議には思っていたのだけれど、これで納得です。入口の二の鳥居のところに信号機があり、若宮大路の歩道から見ると人が歩ける道の様には見えないので今まで関心が無かったけれど、今度八幡宮に行く事があったら、是非この「段かずら」を歩いて見たいと思います。

横須賀線内1

横須賀線内2

横須賀線内3

横須賀線内4
【宿へ】
鎌倉駅西口では、約束の時間に全員が集合でき、鎌倉駅からJR横須賀線に乗車。久里浜駅で京急久里浜線に乗り換え、三浦海岸駅に向かった。途中、横須賀駅では、車窓から横須賀港に浮かぶ軍艦が近くに見え、軍港であることが理解出来た。海上自衛隊の護衛艦や潜水艦、米海軍のイージス艦から、時に空母も見る事が出来るとか。港を巡る観光船があり、これに乗ると直ぐ近くでこうした艦船を見ることが出来るとのことで、車窓に流れるマストを見ながら、一度この船に乗って見たいと思った。
宴会開始時間が決まっていたので先を急ぐ旅となったが、乗換えもスムーズに出来、三浦海岸駅では宿の送迎バスにも待ち時間なく乗ることが出来て、17時過ぎには無事今日の宿「マホロバ・マインズホテル三浦」に着くことが出来た。ここは三浦半島。この先の半島先端には、マグロで有名な三崎港、風光明媚な油壷湾、白秋によって「雨は降る降る…」と詠まれた城ヶ島などの観光地がある。

ホテル外観

ホテルの窓から(海の向こうに房総半島が見え、朝日が上るはずだったのだが…。)
ホテルはマンション風の大きな建物で、男性の部屋720号室は10人部屋だと言うが、部屋の中にさらに部屋が4つもある造り。到着時は暗くなっていたので外の様子は良く分からなかったが、翌朝明るくなってから外を見ると、一面ガラスの向こうには東京湾の海が見え贅沢な造りとなっていた。海の向こうには房総半島が見え、ここから朝日が上ってくるのが見えるはずだったが、あいにくの雨模様でこの景色を望むことが出来なかったのは、残念だった。

宴会集合写真

宴会01

宴会02

宴会03

宴会04

宴会05

宴会06

宴会07

宴会08

宴会09

宴会10

宴会11

宴会12
【宴会】
開始時間18時30分とのことで、旅の疲れを温泉で流した後、宴会場へ。
席も決まり、集合写真を撮影した後、前任幹事萩野さんの乾杯の発声で宴会が始まり、今のこと、中学校時代のこと、友達のこと、健康のこと…等々尽きない話に花が咲いた。

カラオケ01

カラオケ02

カラオケ03

カラオケ04

カラオケ05

カラオケ06

カラオケ07

カラオケ08

カラオケ09

カラオケ10(いつでも夢を いつでも夢を …)
後半にはカラオケもあり、話に歌声に…。それぞれののど自慢を聞きながら、時に手拍子。締めは「いつでも夢を」を全員で合唱しお開きに。限られた時間の中で今回も盛大な宴会となった。

集合写真宴会後01

集合写真宴会後02
同級会の度にいつも思う事だが、中学校を卒業し、それぞれの方向に向かって違う人生を歩み、経験も価値感も全く違う大人として成長しているはずなのに、同級会で話をするとそんな時間の経過は関係なく、タイムスリップするかのように、何の抵抗もなく、理屈も何もなく中学時代戻れ、話が合うから不思議である。ここまでの長い人生の中で、少年期の僅か3年間の出来事を共有しているだけなのに…と思う。
宴会(1次会)の後は、会場を720号室に移し、2次会となった。ここでも夜遅くまで話に花が咲いた。
【羽田空港へ】
2日目は、横浜港大桟橋(クジラのせなか)に立ち寄り、修学旅行で行った氷川丸が係留されている山下公園付近、赤レンガ倉庫街ほか港街の眺望を見る予定だったが、あいにくの雨。京急を乗り継いで羽田空港へ行くこととなった。
ここも修学旅行で訪れたところだが、その後成田空港の完成により多くの国際線は成田に移管されたものの、空路の発達により滑走路も増設され、空港ビルも整備されて、当時とは違い、大分変貌していた。当時の花形の飛行機はボーイング727(夢のジェット機 727 恋をしましたお相手は… と吉永小百合と橋幸夫によって歌われた機種)、国産プロペラ機YS-11も現役で運行しており、ジャンボ747が就航するのは数年後のことである。当時の女性の花型の職業は、「スチュワーデス」。紺のスーツに白いブラウスと赤いスカーフ、憧れであった。

第一ターミナル01(遠くのビルに「HANEDA INTERNATIONAL AIRPORT]とある。)

第一ターミナル02(駐機しているJAL機)

第一ターミナル03

第一ターミナル04(出発カウンター)

第一ターミナル05(出発案内)
京急で空港ターミナルに到着後、様子が分からないまま空港第1ターミナルの展望台へ行く道を選んだ。グルグル回って目的の場所に着くと、網の向こうに到着したJALの機体が幾つか並んでいた。どうやら空港第1ターミナルは、JAL(日本航空)関係の会社が使っているらしい。

連絡通路(長かった‼)

第二ターミナル01(ロビーにて)

第二ターミナル02(ロビーにて)

第二ターミナル03(出発ロビー)

第二ターミナル04(ANA機)
飛行機の離発着はいつまで見ていても飽きないものだが、ここではあまり見えない。そんなこともあり、第2ターミナルに行ってみることに。大きなビルの端から端まで移動する訳で、歩いて行くには相当な距離である。5階の展望台から京急改札口に戻ったものの、第2ターミナルにはどうすれば行けるのか。「information」で聞いたところ、どうやら京急改札脇の地下道を行くらしい。恐ろしく長い地下道であったが、何とか第2ターミナルに入れた。このビルも展望台は5階にあるようで、第1ターミナルと同じ要領でグルグルエスカレータを乗り継いで着くことが出来た。こちらはANA(全日空)関係の会社が使っている様で、ANAの機体がいくつか駐機していた。ここでは、離発着の様子も良く見えた。何か物足りなかったのはエンジン音が全く聞こえなかったことだったが、探せばもう少しリアルに見るところがあるのかも知れない。
ここで昼食とし、羽田空港見学は終了。モノレールに乗って東京駅に向かい、丸子班は14時04分の「あさま615号」で帰路についた。
今年は、中学校卒業から60年目の記念すべき年だとのこと。60年前に修学旅行で訪れたところを幾つか再訪したので、それぞれに思い出すこと、感ずることがあったことと思います。
電車中心の移動であったので、乗り換えも多く、歩く距離も長いハードな旅でした。参加メンバーの中には、足腰ほか体に無理の効かない人も何人かいて、気の毒なくらい負荷がかかったはずだと思うけれど、誰一人ブーたれる(歩くのはもういやだ等不平不満を言う)人は無し。全員で全ての予定の行程をこなせたのは、大変素晴らしく、立派な事だと思います。皆さんの力強さを感じる旅となりました。お疲れ様でした。
企画段階から詳細に検討・立案してもらった小松幹事さん、中村(洋)さん、お疲れ様でした。お陰で、宴会も盛大に出来、今年も3組同級会らしい、また、卒業60周年記念に相応しい、思い出に残るいい同級会になりました。犛山先生も、喜んでくれていることと思います。ありがとうございました。
来年は依田の当番。奇しくも28日が誕生日であった中村(義)君の幹事で、6月8日(日)~9日(月)と決まりました。奮って参加をお願いします。皆で楽しい同級会にしましょう。