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広告とかデザインとか

デザインや広告のこと、趣味などを徒然と。

書店で立ち読み。
外車の雑誌を開いて、アストンマーチンのデザインを見て、なんと流麗なフォルムで美しいデザインだと思う。一方で国産車はなんと俗的で統一感の無いデザインだと感じる。

いや、昔は日本車も流麗なデザインだったように思う。ここ20~30年で日本車のデザインは個性が無くなったと思う。効率性と実用性は完成度が高いのだと思うが、何に乗りたい?と聞かれると特に欲しい車は見当たらない。

あこがれの車、、レクサス? カッコイイ、ステータスカー? なんか違う。
ハイブリットプリウス? なんか新しいデザインだけどみんな乗っているから。
ポリシーが見えないから共感できないのかもしれない。

昔のホンダとかは本田宗一郎の顔が見えていた。なにかモノに魂が見えないというか、神経が行き届いていないというか。

立ち返って自分のデザインの仕事を捉えてみると、多忙な中でやはりそのベクトルが揺らぐことがある。クライアントの意見は変わるし、担当によっても変わるし。しかし、総じて、そのようなポリシーを筋を通して形にしてあげねばならない。

高級なデザインやカジュアルなデザインという捉え方ではなく、企業やモノの価値を、純粋に正確にスマートに相手に伝える代弁者にならねばならない。

これは経営と同じ。しっかりとデザインでサポートすることでその企業は飛躍的に伸長するかもしれない。

この仕事は、デザイナーの顔が見えてはならない。発信者と受信者にとって、それは雑音や妨害にしかならない。自分が創らねばならないのは、まっすぐでしなやかなレールを創ることだと思う。
昨晩はアートについて気軽に語るワークショップ(座談会みたいなもの)に参加しました。

ほんと気軽に雑談するような会で、私は、ダンスで子どもの教育ができないかと、Hダンサーさんに相談する傍ら参加させていただきました。

話の中で、コンテンポラリーアートは発信側で楽しんでいて、一般の人には別世界で広がらないのではないか、という課題がありました。

Hさん「金沢でダンスイベントも計画しますが、意外と関係者ばかりだったりで、広く枠を広げたいと思う」など。

そこでM君「海外では歴史的なバックボーンや国として文化支援も厚く、国民がアートを普段の暮らしの中で親しんだり、ウンチクを語れる環境があり、日本とは異なると。日本ではアートでご飯を食べること自体難しい」と。

うーん、現実は確かにそうです。

そこで昔知人に聞いた話を思い出しました。その人はピカソと知り合いだったそうです。
ピカソは初めて出会う人に対して、第一声が「この絵はこんなにすばらしいです。幾らで買ってくれますか?」と言ったそうです。

アーティストを目指す人でなかなかそう言えるひと少ないと思います。ピカソはだから著名になったのかもしれません。

どんな仕事でもそうですが、肩書きではなく、自信をもって仕事を誇ることが生きる糧になっているのだと思い返しました。


デザインの仕事と言えば響きは良いですが、実情は社長さんや担当者の悩みをじっくり聞き、考えをまとめるお手伝いに時間を割いています。

昔は、しっかりと指示をしてくれるクライアントが付き合い易いと思ったり、こちらの提案をすんなり受け入れてくれることがデザイナーの実力と考えていましたが、今はそうとは言えません。

毎日何時間となく社長さんと話しますが、皆さん何年も悩んでいると明かされます。もやもやとした理想をどう形にすればよいか、この想いをお客様や社員にどのように伝えればよいのか?と。

話は右往左往しますし、何度プレゼンしても何かが違うと拒否されることも多い。忍耐強く諦めずに、まさに手探りで解決策を探していく共同作業です。

忍耐強く考えざるを得ないのは、そのデザインや戦略が、少なからず会社の経営やその社員の人生に影響を与えるから。

真剣に議論することで新しい挑戦の勇気もでますし、実際に新しいマーケットを切り開く原動力に繋がっていくと感じます。









昨年20周年パーティーで触れた、子どもデザイン学校。

有言実行ということで年4回開催しようと思います。

予定ですが、下記の内容で考えています。

○お菓子の家づくり
○生け花
○英語でつくる
○箸づくり ろうそく? (未定)

主に小学生低学年までとし、自由につくる楽しさや創造力を養います。

名付けて「創育」project。

全くの持論ですが、この時期が一番体験が身体に記憶される時期なのではないかと思います。

大人になってからは、社会環境に影響され、自由な発想はなかなか養えないのではないかと思います。

この時期に、学校ではない、YDPが出来るYDPならではの取り組みをしてみます。

単に教えるのではなく、親や関係者も、新しい価値観を見つけることが出来ると考えています。

すごく楽しみになってきました。




今日は知り合いの生花店の企画展を見に行きました。

次男展ということで、社長になれない男たちの、挑戦的かつ反逆的なアート作品を展示したものです。

地域の花店は、仏花などが生業となることが多いと思いますが、仏壇離れや祭事ばなれもあり市場は縮小傾向にあると思います。

そんな中で若手の彼らが、アートを切り口に様々な挑戦を試みている姿に胸を打たれました。もちろん作品も精力的なもので、それぞれのセンスが光るものでした。

花にまつわる世界は華道も茶道も格式ある流派があり、それなりに伝統を重要視されますが、このようにノンカテゴリーな活動も新しい文化を生む起爆剤になって良いと思います。

アートや感性をゆさぶることは、価値あることと解りながら、一方で生業にする難しさもあります。すばらしい作品の価値を対価に結びつける取り組みも同時に行うことが必要かと思いました。

新しい何かが出来そうな予感がします。