参考:『ブルシットジョブ』


『怠惰への讃歌』


『ちきりん、自分のアタマで考えよう』


『職業としての学問』


『「考える力」の鍛え方』

など


よく、「あの仕事は何も生み出してない。」と、否定的なことを言ったり、

「クリエイターこそ立派な仕事だ。」と考えがちだけど、

本当にそうだろうか?
そもそもクリエイターとは?

ものを生み出すこと、それが果たして本来どのような意味を持っているのかを熟考することなく、それが最大の価値であると思い込むのはいけない、と思い少し考えてみた。

「そのうち考えよう」ではなく、「今、もう少し考えよう」。(『「考える力」の鍛え方』p64)


1、生み出すとは?
生み出すとは、
創造すること=最初に作り出すこと
である。

作り出す対象は、
物でも、物語でも、人物像でも、イベントでも、思想でも、感情でもいいと思う。

ただし、クリエイターとして価値があるのは、
どんなに小さくてもいいから、世界に無い新しいものを作ったときだけ。

自分の殻を破る、という意味では必ずしも世間にないものを生み出す必要はないけど、学問的進歩に貢献するという意味では新しくないといけない。


2、段階
アイデア段階で終わる者はクリエイターといえるか?

僕は言えないと思う。
その理由について整理する。

まず、『「考える力」の鍛え方』に基づいて、創造する段階を3つに分けると次のようになる。
①問題を見つける(他の人がスルーする点に疑問、面白み、怒りなどを感じる)

②解く(克服すべき問題点を整理・分析・分解して答えに至る)

③諦めず、根本的な解決・答えを見つけ出すまで粘り強く考える


③の状態まで持っていくには、①を生み出した人物の情熱が必要不可欠だと思う。
だから少なくとも、アイデアを生み出した人がなにかしらの形で作業に関わり、サポートして、見届ける必要がある。

そして、世間がその成果物を見てこれは有り、これは無し、と判断する。それが出来る状態まで持っていくのがクリエイターである。

だから、途中の部分的業務を誰かの力を借りて任せる必要はあるものの、アイデアだけ出して終わりでは、クリエイターとは言えない。



3、量と質
テーマである、クリエイターは立派か?について考える。
テーマが大きいので、判断基準を絞ろうと思う。(『ちきりん、自分のアタマで考えよう』参考)

今回の判断基準は、生み出すもののにする。

「量」はそのままの意味。

「質」の候補としては、

・役立つかどうか
・道徳的問題はあるかないか
・希少性
・学問か芸術か
・需要があるかどうか

などが思いつく。

今回は、シンプルに「役立つかどうか」で考える。




このように4つに分けると、絶対に超えないといけないのは上段と下段の壁である。

この4領域の上の段は真のクリエイターだけど、下の段は役に立たない嘘のクリエイターである。

役に立たないとは、社会の進歩に寄与してないということである。(この考えが正しいかどうかは『職業としての学問』などを読んで深める必要がある。)

つまり、やりたいことを好きなようにやって、結果ありきたりな創作物しか生んでいないクリエイターモドキのことである。

楽しめてるという点で、素晴らしいことではある。ただ、あくまでクリエイターとしては3、4の人は立派ではない。やはり、世の中にないものを生み出してこそ真のクリエイターと言える。

ただし、量をこなしている4の人は注目すべき人物である。

量をこなせば質が変わっていくということ、
また、
量をこなせるのは何よりも好きなものを持ってる証拠なので、
4の人はいずれ上段にいける。


4、価値あるクリエイター
価値あるクリエイターかどうかは、
上に書いた段階①の力(問題を見つける力)を持っているかどうかにある。

たとえば、
漫画を描きたい人はたくさんいる。

しかし、
恋愛漫画を描こうとして、
「普段強面のヤンキーが見せた優しさに惚れる優等生の女の子の話。」
を描いたところで、それはすでにいくらでもある。

自分の視点を入れないといけない。

これは、別のことに例えるなら、
解くべき課題を与えられた大学生か、
解くべき課題を自分で見つけ出さないといけない大学院生か、
の違いだと思う。

自分独自の視点が入っていない漫画づくりは、言わば「ヤンキーと優等生の恋愛漫画を描いてくだささい。」と言われてるのと同じである。

課題を自分で見つけたつもりだが、見つけられていない状態である。

クリエイター関係の人は、
与えられた課題を解いてるだけで何かを生み出したつもりになってしまいやすいので注意が必要である。

向上心を持たず、与えられた課題を解くだけのクリエイターは価値のない人で終わる。

とにかく、いくら量をこなしても、与えられた課題ばかりではいつまでたっても上段のクリエイターにはいけない。


5、問題点
クリエイターには二種類いることが分かった。

たしかにクリエイターは立派である。
しかし、上段の真のクリエイターのみ立派である。

「クリエイターこそ価値ある仕事。」という考え方の問題点は、

ものを作れば誰でもクリエイターになれる、という考え方にあると思う。

価値あるものを生み出すまで真のクリエイターではない。

又、もう一つの問題点は、みんなクリエイティブであるべき、という考えからクリエイターモドキがたくさん出てしまうことにある。

真のクリエイターへのリスペクトは常に忘れてはいけないし、生み出す苦しみ楽しみを知る必要がある。

簡単にSNSで発表できるからと言って3、4領域で終わってはいけない。

右から左に動かすだけの仕事か、余計なものを生み出す仕事かどちらが悪いのか。

また、熱中することを心から楽しめてるのか、気楽にできてるだけなのか、チェックしないといけない。

量をこなせていないなら、心から楽しめていないということであり、上段どころか4の領域にもいけない。

ここで、

仕事=収入を得られるもの

と考えるなら、
必ずしも生み出す仕事につく必要はない。

休み時間に創作して、人生のどこかの時期に学問の進歩に貢献できればいい。

残念ながらクリエイターらしき仕事の中には、無駄で生み出す必要のないものは多いと思う。

一方で、何かを生み出すわけではないけど必要な仕事はある。


6、アクションプラン
M-1の評価は審査員によって基準は違うだろうけど、一つポイントとしてあるのは、新しいことをしてるかという点らしい。

ミルクボーイは今までに無い漫才の型を生み出し、それで笑わせることに成功したので評価された。

また、手塚治虫は漫画に映画の手法を取り入れた点で新しく、それがおもしろいと感じさせたから評価された。

つまり、真のクリエイターとは、新しいものを生み出して、尚かつ受け手(読者、視聴者など)の心を動かすことに成功した人である。

職業で判断してはいけない。
漫画家はクリエイティブだと思いがちだけど、上手く描くための方法が溢れて、今はそこそこのものは中学生でも描ける。

その中で真のクリエイターとなるためには、自分流に見れる眼を持ち、それを漫画で表現するしかない。

今回は『ちきりん、自分のアタマで考える』の判断基準を絞れ、を使って少し考えてみた。

結論として、僕もクリエイターに魅力を感じる。しかし、それ以外が価値が低い仕事とは思わない。

自分の仕事は価値のない仕事だと思いながらやること、それだけが不要な仕事だと思う。

自分は世の中に意味のある貢献をしていると確信する人間に対して、本当のところきみは貢献なんかしていないよとあえて語るつもりは、ここでは毛頭ない。
だが、自分の仕事が無意味なものだと本人が確信しているならばどうか…
(『ブルシット・ジョブ』p6)


今回のこのテーマは友人との雑談の最中思いつき、自分は何を生み出そうとしているか整理しようと思い書いた。

あの人は、何かを生み出せているようにみえて
何も生み出せてないのでは?
自分は生み出そうとしているか?
何を生み出そうとしている?

と、常に考えて仕事以外の時間は創作しようと思う。