前回の二人のコメントを自分なりに二種類に解釈して、「価値観」、「個性」、「魅力」について考えて整理した。


一つ目の価値観(A)

まず一つ目のコメントについて、「魅力」を感じるということは、そこに「価値」があると感じたということである。

つまり、短くまとめると、「遺伝子で受け継ぎ、人生経験によって表出したものが個性であり、そこに価値がある。」ということだろう。



二つ目の価値観(B)

一部を拾って言い換えると、「人間全体には普遍的価値観があり、それを備えていない作品・人物は個性があるとは言えず、ただ奇をてらったにすぎない。」ということである。


二つの価値観の違い

上に書いた二つの価値観の違いはどこにあるかというと、ポイントは普遍的という言葉をつけているかどうかである。


まず、一つ目の考え方(A)は、非常に寛容的な考え方だと思う。理想的人間像を目指してなくても、自由に生きたものに価値を認める。ということである。

一方、二つ目の考え方(B)は、厳しい。人間としての理想像に向かうことに価値を認める。ということだろう。


(A)は、理想像よりも生まれつきの性質に従って行動するため、欠点でも弱点であっても恐れずに出す。それは正直な人間といえる。しかし、我が儘な人間も現れ、社会の道徳に影響を及ぼす可能性がある。

一方、(B)は、痩せ我慢を良しとする。これは、その人の中に高い理想像があるためであり、表に出すことは理想像より低い人物になることを示すからである。これは常に向上心を持つことにつながる。


ロマンチシズム(浪漫主義)とナチュラリズム(自然派)

ところで、文学にはこういう分類があり、上の二つの価値観はこれにそっくりあてはまり、整理するのに役立つ。

浪漫主義の作品
→己以上の偉大なものを取り扱うので、感激するが、没交渉である。

自然派の作品
→いかに汚い、下らないものでも、自分というものが見えた気がしてしみじみと感得する。



「理想的人間」と「人間らしい人間」

日常において、人は誰しもいくらかロマンチシズムである。つまり、自分の力以上のものをもって批評したり、要求する。

人間の心は根本的に、自分以上のものを慕いたいものなので、これが永久に存在する普遍的価値観といえるだろう。

つまり、「人間の普遍的価値観を知ること」とは、即ち「理想的人間を知ること」と同じ意味である。

一方、自然派人間の人間らしいところの写実をする

個性とは

個性とは、人生経験によって浮き彫りになるものである。そのためには、理想的な経験を積む必要があるが、平均的に経験を積んだとしても、遺伝子的要因により個人により差があらわれる。理想像に近い突出した部分がその人の個性となる。

個性的キャラクターをつくるには、僕がそのキャラクターのどこに理想像を見いだしたか、が重要である。
理想像を知らないのでは生み出せないが、出尽くしている可能性もある。