金融自由化、貿易の自由化を中心とする急進的な新自由主義改革を1970年代後半と1990年代初の2度にわたって実施した。こうした自由化・規制緩和は極端かつ無差別なものであったため、かえって国民生活の悪化をもたらした。
 
特に、第2次改革実施後は、一人当たりGDPが上向き、ハイパーインフレも鎮静化したため経済低迷から脱却したかに見えたが、これは一時的な外国資本の流入に依存した消費ブームに基づくものであり、消費ブームが一巡した後は大量失業、金融の脆弱性、対外債務の膨張といった問題が生じた。

1970年代にはイギリスのEEC加盟に伴う対英輸出急減やオイルショックが加わり経済停滞が続いたため、1984年に市場原理に基づく経済改革を広範囲かつ急進的に実施した。また、公共部門についてもコスト意識、成果重視の徹底が図られ、行政の効率化を図った。
 
このような大胆な改革が可能となったのは、政策責任者が自由な市場経済を目指すという基本方針の下、党派を超えて政策本位に、実行可能なものから矢継ぎ早に改革を断行したことによる。

1970年代に「オランダ病」といわれる厳しい経済後退に陥ったため、1980年初以降、雇用の柔軟化や社会保障の削減を中心とする改革を実施した。
 
雇用の柔軟化策では、労働時間規制の緩和、正規労働者と同等な労働条件を有するパートタイム労働の促進、公共職業紹介所の民営化を行った。このため、サービス産業を中心に雇用が拡大し、失業は大幅に減少した。こうした失業の減少と共働きによる世帯所得の増加により、家計消費が増え、経済が活性化した。
 
また、社会保障の改革では年金や失業手当支給額の引下げ、高齢者等に多用されていた労働障害保険の給付水準の引下げや支給条件の厳格化などを行った。こうした取組みもあり、GDPに占める歳出の割合は80年代初の60%から98年には50%に低下し、99年には25年ぶりに財政が黒字化した。
 
なお、改革時に政労使間で政策合意を取り決めたことが改革をスムースに進行させ、経済の安定化に寄与した。
「政府貨幣=ハイパーインフレ」という大いなる誤解、無知、偏見、迷信には困ったものである。この大いなる誤解が解けさえすれば、たちままちばら色の世の中が見えてくるというのに…である

ここでは、この誤解について説明することは差し控えたい…というよりも、「政府貨幣などとんでもないと」考えている人は、先ずは下記の本を読んで頂きたい。恐らく、今までそのように考えていたことが如何に間違っていたかを理解して頂けることであろう。

著者の小野盛司さんは理学博士ということもあって、この『政府貨幣発行で日本経済が蘇る』の論理は明哲で、極めて実証的である。

ところで、この人は非常に興味深い人である。元来が素粒子論の研究者のようだが、この本のように政府通貨による日本経済再生論を展開し、積極的に国内外の政治家や経済学者にも働きかけ・訴えてもいる…かと思えば、『ロボットウィズアス』で未来社会について論じたり、『人間の行動と進化論』で独自の説を唱えたりしている。また東大英数理教室というパソコン教育ソフトの代表取締役を行うなど…極めて多能・異才の持ち主である。