コーセーへの見解

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彼の性格が歴史の――時代の――性格とどう繋がっているかということが之を決定する。問題は彼の歴史的感覚に帰着するようである。
 併し彼の性格は孤立した彼だけの性格ではない、それは同時代の一般的な性格との相関によってのみ決定される。同時代人の一般的な性格は処でその時代自身の性格の双関物にすぎない。――之が時代の性格と之を見出す人々自身の性格とのさし当りの連関なのである。
 だが之だけではまだ性格の真の説明にはならない、一体性格はどういう原因[#「原因」に傍点]で歴史の樹から落ちて来るのか(原因という言葉は歴史的時間に於て最も adequate に用いることが出来ることを注意せよ)。
 事実上、時代は何によって性格[#「性格」に傍点]づけられるか。政治[#「政治」に傍点]によってである(政治を時代区画の基準としないという意味での文化史というようなものは、統一的[#「統一的」に傍点]な歴史の一部分ではあり得ない)。併し政治の一定形態は何を最も終局的[#「終局的」に傍点]な――統一的認識のために従って又存在自身にとって終局的な――原因とするか、物質的生産関係[#「物質的生産関係」に傍点]乃至生産力[#「生産力」に傍点]によって。