最強の財務軍師 YCF 山本正幸 戦歴披露
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主な戦績第一戦「F社の場合」⑨ 第二章 第四項

第二章    みずほ銀行の動揺とRCCへの債務譲渡
      第四項    民事再生申請準備(03(平成15)年5~6月)


●民事再生法申請準備

 その後の詳細なる資金繰り計画を練ったところ5月は、既往取引銀行の割引枠のやり繰りでしのげることが判明し、民事再生法申請のXデーは、6月20日から末日の中で行うことになりました。K弁護士にその旨を伝え、申請に必要な実態把握資料の提出を行いました。資料の明細は下記の通りです。



<事業実態説明資料 目次>

1.平成153月末 合計残高試算表 (実地棚卸入力後)

2.修正貸借対照表(平成153月末ベース)

3.重要得意先年計売上表

4.社員給与明細表(平成13年度4月)

5.借入金残高推移表(平成73月期末~平成153月期末)

6.所有不動産 現況一覧表(F社、S社長)

7.個人ローン返済実績合計表(平成14年)

8.債権者明細(支払手形一覧表、買掛金明細表)

9.受取債権明細(受取手形明細、売掛金明細表)

10.資金繰計画表(平成155月~9月)

11.収支実績、計画表(平成12年3月期~平成15年期など)

12.株主名簿

FD内データー2、6、8(支払手形)、9(受取手形)、10、11>


●民事再生法申請後のシナリオ

 民事再生申請はやるとしても、問題は申請後のシナリオでした。特にネックとなるのは「手形の割引」です。現時点でも割引枠に四苦八苦している状況で、申請してしまえば現状の枠も無くなります。資金力のあるスポンサーが見つかれば、手形を手持ちすることも可能となります。候補先は「仕入先」のA社か、「販売先」のY社といったところが、S社長の頭にありましたが、ともに売買を継続している時点で相談することはかなり困難な状況でした。しかし、6月の資金繰りの目途が立たない以上、民事再生を申請した上で、依頼するしかないという結論しか導くことができませんでした。そんな中でS社長は、会社の若手幹部3名に今回の決断を説明することにしました。5月の月末でした。ここで劇的な逆転シナリオが始まることは全く予想できませんでした。このシナリオは次章「第三章 民事再生申請回避」で明らかにいたします。

主な戦績第一戦「F社の場合」⑧ 第二章 第三項

第二章    みずほ銀行の動揺とRCCへの債務譲渡
      第三項    割引枠確保交渉(03(平成15)年2月~5月)


●銀行等交渉

 みずほ銀行からのRCC譲渡通告後、以前にもまして他の金融機関との交渉が不可欠となりました。従来より交渉していた金融機関のうち、朝日信用金庫は割引枠としては50百万円を確保できましたが、各銘柄(1社あたり)5百万円という制約つきでした。その他は、北部信用組合は、金利が2%以上高い上に割引額の2割以上歩積預金を積めという始末、福島県信組も似たようなものでみずほ銀行の枠2億円の埋め合わせるには力不足といわざるを得ません。既存の取引銀行である商工中金は、急に割引持ち込み額が増えると「みずほはどうした?」と聞かれる恐れが強く、徐々に増やすしかない状態でした。3月は、どうやらこうやら各銀行に分散して何とかやりくりしましたが、4月以降は目途が立ちませんでした。

 S社長は、「これが奥の手だ」といってある会社で割引を代行してもらうことを決めていました。この会社はI社で、S社長のI社のI社長は、40年来の知り合いでS社長は10歳年下です。I社長は、したたかで財務に強いことで業界でも有名で下手に付き合うと「尻の毛まで抜かれる」とささやかれる人でした。その代わりお金はたっぷり持っています。4月中旬のある日、S社長と山本はI社でI社長に会い、F社の現況を伝え割引の代行を依頼しました。当然金利は銀行よりも上乗せでしたが、何とか応諾いただき、ある銘柄の手形を25百万円程度割引して4月のピンチをしのぎました。問題は5月以降でした。


●5月以降の資金繰り

 平成15年当時のF社の売上はY社向けが約60%を占めていました。このY社が万全であれば問題はある意味クリアできたと思うのですが、Y社も財務的に相当傷んでいることは判っていました。そんな中でI5月始めにI社のI社長がS社長を呼びつけ「Y社の手形が不渡りになったらどうしてくれる」とねじ込んできました。したたかI社長の面目躍如です。S社長はどうしようもありません。5月以降は当然のことながらI社での割引代行の手は消えてしまいました。S社長は「奥の手」を封じられ、さすがに参ってしまいました。山本にも策は見えません。追い詰められました。

 山本は、やはり「民事再生申請しか手はない」ということで、S社長を説得しました。その時点ではすでに別法人(有限会社F)を設立していたので、営業をそちらに移しつつ民事再生下で本格再生を目指そう、ということでS社長もやむを得ず納得しました。申請手続きのため、複数の弁護士と面談しましたが、銀座のK弁護士に依頼することで5月15日に依頼のために訪問しました。S社長は「残念だが、致し方ない。先生にお願いなのですが、自分の生き様として債権者を集める会合には自分自身が出て、お詫びと説明をさせてほしい。他の倒産関係で弁護士一任で姿をくらます社長をたくさん見てきたが、自分はそうなりたくない」とK弁護士に頼み、了解を得ていました。でもその時初めてS社長の涙を見ました。70歳の社長が全身全霊を傾けた会社がここで倒産準備に入らんとした場面でした。とてもつらい場面でした。

 そして民事再生申請の準備に入りました。

 


主な戦績第一戦「F社の場合」⑦ 第二章 第二項 

第二章    みずほ銀行の動揺とRCCへの債務譲渡
     第二項    RCCへの債務譲渡通告(03(平成15)年1月)


●みずほ銀行からのからの通告

 1月中旬のある日、みずほ銀行F支店の担当者から連絡がありました。S社長と山本の二人で支店長と面談だという連絡でした。支店長と面談というのはめったにないことで、S社長と山本は「なんの話だろうか」といろいろ想像・予想をめぐらした結果、①リスケ条件の強化(現状元金棚上げを元金返済を開始する)②RCCか投資ファンドへの債権譲渡(F社からみれば債務譲渡)、の二つぐらいしか考えつかない結論でありました。ただ、②の債権譲渡は、リスケを継続中で、業績は回復基調、また社長個人のみずほ銀行からのローン返済は、当初契約通り継続中(借入総額90百万円で、元金毎月70万円+利息)ということもあり、急に債権譲渡は無いだろう、というのがS社長の予想でした。

 1月26日みずほ銀行を訪問しました。支店長から「貴社およびS社長向けの融資をRCCへ3月31日をもって譲渡する。この絡みで商手割引枠の利用も2月末をもって中止としたい」とストレートに通告がなされました。さすがのS社長も一瞬戸惑いを隠せませんでした。取引歴は40年におよび、まして個人債務はリスケ無しに当初契約通りに返済している、そもそもF社の財務を傷めた不動産関連融資は銀行サイドからの度重なる依頼によって導入した、などいろいろな事柄がS社長の頭の中を去来しものと想像できます。S社長は、「この通告について、支店長はF社にとってプラスと考えますか?マイナスと考えますか?」と支店長に問いました。支店長は少し困ったような顔でしたが、「貴社にとってはプラスになると思います。RCCは、基本的に利息を請求しない組織ですから、物件処分などを進めていく期間等は無利息で融資が継続できることが指摘できます。」との回答でした。


●当面の対処方法への基本方針

 上記通告を受けて、S社長は心底から納得していませんでした。S社長は、10年ぐらい前のみずほ銀行(当時は第一勧業銀行)の支店長と時々会って情報交換等を行っていました。その支店長に会いに行って「F社にとってプラスかマイナスか」や「RCCのスタンスや対処方法」について情報収集を行い、自分自身の納得感の醸成と今後の対処方法へのシナリオを描こうと必死でした。山本も当面の資金繰りに対応するための割引枠確保の交渉とともにRCCのスタンスへの情報収集に走りました。そこで判明してきたことは以下の5点です。

①RCCは、基本的に資産隠し等を行う悪質な債務者を除けば、以前(住管機構当時)に比べれば緩やかな対応

  が基本スタンスになりつつあること。

②RCCは、まず所有不動産を任意売却でできるだけ高値で処分することへの協力を求めてくる。

③物件売却を含め譲渡時以降、基本的には利息を請求してこない。

④物件売却までは、債務額面通りの返済を求めるスタンスは崩さない。

⑤物件売却後は、ほぼ言い値で債権放棄に応じ債権を譲渡する。


 以上判明した事実を元に今後のF社の基本方針を以下の3点に絞り当面対処することとしました。

①RCCには、物件を高値で任意売却することについて全面協力を表明するが、時間をかけて対応して時間を稼ぐこととする。

②RCCへの譲渡については対外公表はH15年3月期決算報告までは他金融機関には伏せて割引実績を積み上げ、割引枠確保を優先する。

③みずほ銀行に対しては、手形の発行を従来どおり認めるように交渉し、仕入先に無用の警戒感を抱かせないように務める。


●抜本的な対応策

 上記対応方針を定めたものの抜本的な解決策は見えてきませんでした。そこで複数の弁護士や「借りた金は返すな」で有名なコンサルタントなどにアドバイスを求めたり、各種セミナーや書籍、ネット上の情報などを掻き集め以下の二つの方法を胸のうちに秘めて当面の対応策にあたることとしました。

①製造拠点である福島県内の工場をS社長が懇意にしているU社に売却し、リースバックを受けて製造能力を確保した上で、別会社を密かに立ち上げ商品・原材料のやり取りをその別会社(F社と同一社名)へシフトしF社を事実上事業停止して物件処理会社化してしまう。

②民事再生法申請を視野に入れて準備をしておき、再起に備える。


 両方法ともに既存の取引先(①は、みずほ以外の金融機関、②は、金融機関・仕入先)に不義理をすることになる。S社長としてはいずれの方法も取り上げたくなかったに違いないと思います。ただ、割引枠が確保できないと、3月以降で資金繰りに支障を来たすことは火を見るより明らかでありました。いずれにしても当面の対応策とともにこれら二つの方法の準備だけは密かに進めようということになりました。2月以降は大変なストレスとの戦いとなりました。ただS社長は、日々こう言い続けていました。「神は我に何を求めているのか。対処できない問題は神は与えないはずだ」と。山本もこの生き様に奮い立ちました。




 

 


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