石原10年日記を始めた

ただの日記なのに石原さんという名前がぐいぐい来る感じがある

 

そうはいっても、10年日記、来年、再来年、数年後に同じ1月7日の日記をちらっと読みながら、いろいろ思い返しながら、また書くのかなと思うと、日記を買ってから元日までわくわくしてた

 

1週間書いてみて、たった4行に詰め込むから、何ともまとまりのない日々になってる

だんだん書くのもうまくなるのかもしれない

 

今、不幸ではないのに幸せなのかわからなくなってしまった

そういうのを数年後、10年後に任せてしまいたい

よろしくと

 

本当によろしく

 

試飲で梅ジュースを何杯ももらった。

子供の飲みっぷりがよかったからか、3杯も飲んだ。

私は0.5杯、主人も0.5杯。

いやいやいいですとは断ったけど、ぐひぐひ飲む子供、どんどん飲みと渡してくれる農家風のお母さん。

 

農家の人であろうお父さんは、子供に「梅農家やってみんか?」と。

今どきは都会の人が田舎がいいと言ってくれるからと、でも、ほんまの田舎はあかんのやろうと、みんなそれぞれ話していた。

稲美町は確かに本当の田舎なんやろうけど、私が自由の身なら住みたい。

人がいいし、風がいい。

 

農業だけじゃなく、1次産業では後継者不足で悩む人がいると聞く。

歓迎してくれるなら自分が駆けつけたい。

うちの子でよければ農業をさせてやってくださいと言いたい気持ちになる。

歓迎してもらいたいのは甘えだとしても、楽をしたいということじゃなくて、気持ちよく頑張りたいということ。

歓迎してくれるなら、150%の無理もできる。

受け入れる側の抵抗も根深く、それは身勝手なわけじゃない。

みんな何か守りたいものがある。

 

四国のおばあちゃんが、遠いところからよう来てくれたねえと迎えてくれた日を思い出す。

 

あした、主人が起きたら歓迎してみよう。

そしたら、また違う気持ちで一日が始まる、お互いに。

 

 

 

熱が出てると思って、おでこをさわってもらったらその手がすごく熱かった。

おでこはぬるかった。


いつも手のひらと足の裏が熱い。

体は寒いと感じてても、ひたすら熱を放出しようとしてる。

子どもの頃から、夜に手足が熱すぎて寝れないと布団の上っ側とか木の壁に足裏をピタッとつけてた。

気持ちいい反面、他も冷えたり、体勢が悪く腹筋を使わなきゃいけなかったりと問題はあった。


内蔵型冷え症なのかもしれない。


熱をつくることはできるんだけど、それをうまく体の中心にとどめるのが下手。

手にぼわっと熱がこもる。

子どもの頃は本気でカメハメ波が出せるんじゃないかと期待してた。

大人になってからは、カメハメ波は無理でも波動拳ならいけるんじゃないかと考えた。


最近は手より足が熱い気がする。

足から出す攻撃はなんかかっこ悪いから、もう波動拳は遠慮しとこう。


そもそも誰にも攻撃をしかけたくはない典型的な守り型日本人だから、波動拳がいらない。

でも「攻撃されたらどうするんだ」っていわれても堂々とひとつの答えがない。

平和な気持ちで、とか、圧力をかける、とか、頭脳で勝負、とか。


平和な気持ちでいたいけど、それを相手にもそのまま望むのは考えが足りない。

相手もそんな気持ちになれるように、それで生きていけるように準備をしなきゃいけない。

その手伝いをすることが必要なのかもしれない。


「自分のことは自分でしよう」って教わった言葉は、けっこう強い攻撃力を持ってるときがある。


優しい言葉集があったら1冊持っておきたい。