こんにちは。

 

不登校カウンセラーの雅子です。

 

 

 

 

小5から不登校の娘が

今日は友達と遊びに行っています。

 

 

中学校になってから友達と遊びに行くのは

これで3回目?くらいです。

 

 

やっと、一緒に長い時間を

過ごせる友達ができたようです。

 

 

良かった泣き笑い

 

 

小5の12月から不登校になり、

中3の9月から、

高校受験を目指して学校に通い始めた娘。

 

 

はじめは学校に行くのがとても怖くて、

 

 

校門をくぐるのも、校舎に入るのも、

とても時間がかかっていました。

 

 

そんな怖さを乗り越えて、

彼女は学校へ通い続けました。

 

 

帰ってくると、もうぐったりで、

エネルギーを全部使い果たしているような彼女。

 

 

 

だけど、その疲れた顔の中にも

目は輝いているように見えて、

 

 

不登校で家の中にいた時とは

違うエネルギーを感じていました。

 

 

そんな彼女が、

今は友達と2人で遊びに出かけています。

 

 

 

 

 

そして私はというと、

 

 

朝から出かけて帰ってこない娘を思って、

いつになったら帰ってくるのかなぁ?

 

 

と少し寂しさを感じています。

 

 

まじか笑い泣き??

 

 

娘が不登校になってから4年と3か月。

 

 

心理の勉強をして、

子供との境界線を十分に引けるようになった、

 

 

もう、子供に寄りかかったりしない。

 

 

そう思っていましたが、

 

 

いざこうやって娘が私の手から

離れていくのを感じると

 

 

寂しさを感じている私がいます。

 

 

だって、今まではどんな時も一緒でしたから。

 

 

不登校で学校に行けなくなるって

ある意味、

いつも自分の見える範囲に

子供がいるってことです。

 

 

いつも私の手の届くところに

子供がいるってこと。

 

 

それにきっと私が安心していたんだな。

 

 

 

 

 

娘が不登校になったことで、

私は心理を学び始めました。

 

 

それまでは、

娘のお世話をしているのは自分だと思っていたけど、

実はその逆で、

 

 

私が無意識で発している、

寂しさや不安な感情を敏感に感じ取り、

 

 

私の心のお世話をしてくれていたのは

子供の方だったということに気が付きました。

 

 

 

そんな自分に気が付いて、

そうなってしまった自分を見つけては

そんな自分を赦し、癒してきました。

 

 

それでもまだまだこうやって、

娘がいないと手持無沙汰になってしまう自分がいるようです。

 

 

仕方ないね照れ

 

 

これも母親のサガってもんだ。

 

 

それだけ子供を愛している証拠。

 

 

大切な存在ってことです。

 

 

だから、そんな自分を愛して許してあげよう飛び出すハート

 

 

 

だって、どんな感情もオッケーなのだから飛び出すハート

 

 

 

 

 

【あたしの新しい人生の扉が開いたようです🥰。】

通勤途中運転する車の目の前をハトが横切って、
そのあとカラスが横切った。
会社に着いたら木の上でカラスが鳴いていて、
LINEの返信しようと文字を打とうと画面を見たら、
なんか知らんが、8という数字が連打してあって、
8という数字のオンパレード。
帰りの車の前をまた鳩が横切った。

気になったので調べてみたら、

鳩・・・鳩のスピリチュアルな意味は

   「新しいステージの始まり」です。

    新しい人生の扉を開けた時に鳩が出現します。

カラス・・・カラスがあなたの前を横切った時は、

    あなたが新しい一歩を踏み出すことを後押しするというサインです。

エンジェルナンバー88888・・・
あなたのこれまでの学びや行いのおかげで、

物質的、精神的な無限の豊かさがこのタイミングでやってきます。

決して逃すことの無いように、緊急速報で伝えてくれています。

あなたの使命のためにそれらを使ってください。


軽い気持ちで調べたら、マジで!!どんだけ!!
逆にすごいプレッシャーなんだけど!

 

 

こういうの、今までのあたしなら
「まさか・・笑」とか言って受け取らなかった。

でも今は違う。

ありがたく受け取ります。
感謝して受け取ります。

とはいっても、結局は自分がどう行動するかだよね。

それはそれで受け取って、

あたしは自分のやれることを淡々とやるのみ。



でもうれしいな。

感謝💛

 




 

 

 

【ゲシュタルトワーク備忘録】

今日はゲシュタルトのワークをオンラインで受けた。

 

ゲシュタルトではいわゆるセッションをワークと呼ぶのだけれど、

そのワークを受ける前のデモンストレーションで、

種になってその植物の人生を過程を語ってみるというショートワークを体験した。

 

そこで私はカキツバタを選んだ。

 

私はカキツバタの種だった。

カキツバタの種は冷たい土の中から水の中に芽吹く。

芽吹いてみたら、そこは冷たい水の中。

水は浅いけど流れがあって、まだ芽吹いたばかりの芽はどうしても水の流れに流されてしまう。

 

流されながら、でもまっすぐに伸びようとする。

ふと見上げると水の上がキラキラまばゆいくらいに光っている。

あの上の世界はどんな世界なんだろう。

早くあの世界に行ってみたい。

カキツバタの芽はあそこに向かって一生懸命伸びました。

 

大きくなったカキツバタの芽はようやく水の上に飛び出しました。

夢にみたあこがれの水の上の世界へ飛び出したのです。

そこは、太陽の光がとても暖かく、まぶしい世界でした。

あーこんな世界があったんだ。

カキツバタはその世界に自分が仲間入れできたことをとてもうれしく思っています。

でも、その温かさも長くは続きませんでした。

 

なぜなら、時には雨が降ったり、風が吹いたり、そのたびに

カキツバタは倒れそうになり、それでも何とか自分の軸を戻して

まっすぐ立とうとしています。

 

何度何度も倒れそうになっては、自分の軸を取り戻し、

まっすぐに立ちます。

 

カキツバタは自分の茎が実はとても固いしっかりとした芯があることに気がつきます。

 

カキツバタは何度でも立ちあがり、まっすぐ伸びていきます。

 

まだ花は咲いていません。

 

 

 

私のワークはここで終わった。

 

 

その後、主訴である、ワーク入っていったのですが、

そのワークも終盤に差し掛かった時、

ファシリテーターの方に、今のあなたを見ていると、

さっきのカキツバタを思い出します。と言われた。

 

そして、先ほどはまだ花が咲いていなかったけど、

もしよかったら、その後のカキツバタを今からやってみてはどうですか?

と提案してくれた。

 

その提案に私自身興味がわいたので、

その先を体験してみることにしました。

 

 

 

 

 

私はカキツバタです。

あれからぐんぐん伸びて、今私は固いつぼみを持っています。

固くてとても美しいつぼみです。

美しい紫色と白のコントラストがとてもきれいです。

 

その固いつぼみはやがて開いてき大きくて紫色の花を咲かせました。

私の茎はとても硬くて、美しい緑色をしていて、一緒に生えている

葉もまた、すらっと伸びて美しい葉です。

 

私は水の中に立っています。とてもやさしいせせらぎの

その水面は、美しくきらきら光っています。

私は、水に立っているように見えますが、

実はその下の地面にしっかりと根を張って立っています。

 

私は大地のエネルギーと、水のエネルギーと、太陽のエネルギーを

体いっぱいに浴びて立っています。

 

私は自分の花びらがとても柔らかいのに気が付いてます。

一見、凛として強そうに見える私ですが、

実は女性らしい柔らかい部分も持っています。

 

カキツバタは女性です。

しっかりとした芯を持ち、柔らかくて美しい花を持った女性です。

 

強くてしっかりした部分と、柔らかくて弱い部分を持った女性です。

 

 

以上で終わりです。

というと、ファシリテーターの方が

では、今の最後の部分を”私は”に置き換えて言ってみてくださいと言った。

 

私はとても躊躇した。

私は確かにカキツバタは私に似ているな。

言いながらそうは思ていたけど、

それを皆の前で口にするのはとても勇気がいる。

 

私は今までずっと自分を卑下してきた。

私なんてと言ってきた。

そんな私が、あのカキツバタだというなんて・・・

 

だから私はそのことを伝えた。

私は躊躇しています。

なにかとても勇気がいります。

 

するとファシリテーターが、こういった。

あなたは今、自分がカキツバタだと皆の前で言うことに

躊躇していて、そしてその勇気がないということに気が付いているのですね。

 

そうです。

私は勇気が出ないし、認めるのが怖いです。

私があの素敵なカキツバタだということを。

 

では、それを感じてみましょう。

そういうと体はどんな感じですか

それと共にいてください。

 

そうか、私は自分にあのカキツバタと同じ部分を持っていることを

認めるのが怖いんだ。

とにかく怖い。

 

自分がそんな存在だと認めてしまうなんておこがましい。

そう思っている。

 

それでも、ファシリテーターは待ってくれている。

ここは勇気を持つしかない。

自分を認めていいんだ。

そうしよう。そうしてみよう。

 

 

私は思い切っていった。

 

私は一見、凛として強そうに見える私ですが、

実は女性らしい柔らかい部分も持っています。

 

カキツバタは私です。

しっかりとした芯を持ち、柔らかくて美しい花を持った女性です。

 

強くてしっかりした部分と、柔らかくて弱い部分を持った女性です。

それは私です。

 

 

 

自分を素晴らしい存在だと認めるのはとても怖い。

でも、今回のワークで、私はそれを体験した。

 

私はそういう部分も持ち合わせている女性だということを認めよう。

そして、それを認めることに居心地の悪さと恥ずかしさ、怖さを持っている。

そんな自分が今ここの自分だということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すごくうれしいことがあった✨

 

 

娘が学校の先生に、

最高の誉め言葉を貰って帰ってきた。

 

 

「お前みたいなやつは初めて見たよ。

先生たちはみんなお前のことを応援しているんだから頑張れ。」

 

 

言ってくれたのは、

教務主任で定年間近の

おじいちゃん先生だ。

 

 

これって最高の誉め言葉だよね。

 

 

だってさ、

教師生活うん十年の

ベテラン先生に

 

 

「お前みたいなやつは初めてだって」

 

 

言わせてしまう娘の個性。

 

 

あたしはその言葉に、

娘に対するリスペクトと愛を感じた。

 

 

娘にも、先生はあなたが

大好きなんだねというと、

 

 

うん、私もそう思う。

と嬉しそうに言った。

 

 

不登校で、

なかなか学校にはなじめない

うちの娘だけど、

 

 

一見、ルールーや常識に

とらわれがちと思える

学校の先生が

 

 

娘の内なる輝きに

目を向けてくれて、

 

 

そこを見いだして

共鳴してくれるのだと思うと

 

 

とてもうれしいし、

娘は皆に愛されているなと感じる。

 

 

 

 

 

ここ数日はあたしの中で

とても大きな気づきがあった。

 

 

 

見ている自分、

観照者になっている

もう一人の自分がいることを

体感できた。

 

 

 

あたしの感じることに間違いはない。

 

 

あたしの感じることだけがすべて。

 

 

それを怖がらなくていい。

 

 

好きなようにおやり。

 

 

何があっても大丈夫だから。

 

 

 

そんな言葉が聞こえてきた。

 

 

 

あたしはあたしを満たしていれば

全てはオールオッケーなんだ。