60歳になってもロックンロールやれる。ケツ振れる。これを感謝と言わずに何が感謝だ。
日本のROCKの歴史はこの男で始まった―― 矢沢永吉30年間のドキュメント!


【解説】
貧しさが少年に決意をさせた。「これは絶対に上に行かなきゃダメなんだ」
1972年、日本の音楽シーンは、平和を歌うフォークの全盛期。そんな中、リーゼントに皮ジャン、黒ずくめのファッションで矢沢はR&Rバンド「キャロル」を率いて衝撃のデビュー。解散後、ソロ・アーティストの道を選んだ矢沢は、会場使用拒否など立ちはだかる様々な障害と戦いながら、名実ともにトップスターとなるが、更なる高みを目指し、自分の音楽を追求し続け、武道館100回公演という偉業を成し遂げる。


本作で約30年間、矢沢の生き様を追い続けてきたのは映画プロデューサーの増田久雄氏。1980年に公開されたドキュメンタリー『RUN&RUN』(80)を手掛け、彼と矢沢との信頼関係があればこそ撮ることが可能だった映像がふんだんに使用されている。そんな劇中には“YAZAWA 語録”と呼ばれる数々の名言が登場するのだが、彼の生きざまを物語るそれらをいくつか紹介しよう。

例えば、人生の選択の時期について「僕、はっきり言って16歳前後位の時にスコーンとこれたかこれないかで人生決まっちゃうと言っても過言じゃないよね。僕はスコーンとこれてよかった」と語り、20代でやらなければいけないことに関しては「20代でさ、本当にやらなきゃパスポートもらえないんだよ、30代の。――昔、あれ、結構いいこと言ったね」。また、自分のいいところを「もし矢沢のいいところが一つあるとしたら僕はね、すぐ怒る、すぐ頭にくる。矢沢のいいとこ」と分析、“マンネリ”については「繰り返す事のすごさ。マンネリにならないで足かきながら、でも繰り返している。その中にこう闘っているんですよね」とも。

また、ロックスターを続けるに当たり、「多分、ほとんど多くの人が『いいよな、お金いっぱい得てから、有名人で』って思うでしょ。でもそれと同じ大きさの、下手したらもっとすごく、この三十何年間苦痛なところもあった」とその心情を吐露している。

数々の名言を残してきた彼の軌跡には、“ロックスター”だけでなく、“人間”矢沢永吉が存在する。本作を見れば、彼の新たな魅力に気付くだろう。

「60歳になってもロックやれる、ケツ振れる。これを感謝と言わずに何が感謝だ。」
こんな台詞をサラっと言ってのけるカリスマは他にいない。
2009年9月19日、東京ドームでバースディライブ開催。矢沢は、更に上を目指す。

CAST
矢沢永吉


STAFF
■監督:矢沢永吉

■スタッフ:製作・監督:増田久雄
監修:矢沢永吉
プロデューサー:村山哲也
アソシエイト・プロデューサー:藤田俊文
製作:映画「ROCK」製作委員会
(東映 プルミエ・インターナショナル トムス・エンタテインメント 東映ビデオ ラテルナ)

劇場公開日:2009年11月21日