昨日のモヤモヤを胸に、日曜日はいいお天気だったので、自宅から車で30分ほどにある森林公園に行って来ました爆笑


ランチは道中にある気になっていたサンドイッチ屋さんで購入し、持ち物は簡易テントと飲み物と遊び道具のみのイージーレージーキャンプ口笛


あと、読みかけだった本も1冊持参。


先日、お亡くなりになった加古里子先生の著書、「未来のだるまちゃんへ」です。

途中読みの状態で別の本を読み始めてしまっていた中、先日の訃報を知りました。
とりあえず、こちらもバックに入れて出発しました🚙


出かけた先の公園は森の中に人工のせせらぎがあり、夏の子ども達の水遊びシーズンは大賑わいの公園です。

今日はさすがに水着は持って行かなかったのですが、公園に着くなり靴を脱ぎ捨て数百メートルはあるせせらぎをどんどん滝登りしていく子どもたちニヤニヤ




あっと言う間にせせらぎの起点に到達し、折り返して来ました。

あとは芝生の上をゴロゴロ転がったり、暑くなればまた水遊びしたり。

私と夫は順番に外で子どもたちと遊びながら順番にテントで休憩デレデレ





その間に残りわずかだった「未来のだるまちゃんへ」を読み終えたのですが・・


以前、加古先生自身が戦時中は軍国少年で戦後その悔いを改める為、子どもたちをサポートする活動をしていた、
という話を何かの記事で読んだ記憶はありました。

この本にもそこかしこに、戦中戦後の大人のそして自分の愚かさを悔いる描写があります。
一部抜粋ですが、

「その時その時の状況にうかうかと便乗して、戦意高揚を謳ってるかと思えば、反省のひと言もなく、今度は民主主義の時代が来たとしゃあしゃあと喜んでいる」

と国に対する憤りだけでなく

「精一杯考えて、自分で これ以外ない と思ったことがまんまと違ってしまっていた」

ご自身で無知や錯誤を悔いる文章。

「だからこそ、大人は子どもに対して傲ってはならない」

という教え。

後半になるほど、祈りと願いそして時折、焦りも見える濃い、とても濃いメッセージになっていきます。

加古先生が今は亡き現実と合わせて、今まさに大人として親として生きる私の心を掻き立てられ、自分たちが所属する社会、それが学校やその土地そして国など規模の大小は問わず、この加古先生の言葉が昨日の私が感じた違和感と重なり痛いほど納得できました。


今までの偏差値教育は〜、とか、脱ゆとり、とか、これからはアクティブラーニングで、とか、国際バカロレアもグローバルも2020変わる大学入試!もペッパー君も!!(←八つ当たり?爆笑
なんで、つい最近までこんなワードばかり私は重要視していたのだろうか?と
そして現在、本格的に子育てを学んでいる段階で今回のこの本を読み終え、
そして緑の山々と青い空の下で喜び転げ回る子どもたちを見て、
サーーーーッと目の前にあった霧が晴れ渡るような本当に爽快な気分を味わいました✨✨


これからも子どもたちには、できる限り沢山の自然と様々な価値観に触れさせて、より多くの喜びや楽しみを味わって欲しい。
大人や周りに言われたからそうする、のではなく、自分で考え、自分で判断する機会もこれからもっと一緒に楽しみたいと思いましたニコニコ

上手くこの本を紹介できたか分かりませんが、これからの教育を憂うような言葉、年長者からの教訓めいた言葉ばかりでなく、裏表紙に


とあるように、希望を持ち前向きなれる1冊ですウインク