ちょうど1年前の3月30日
次男のお通夜でした
お通夜が終わって参列者が帰られたあと、会場に泊まる私達家族、夫の両親、夫の弟家族、親戚のおじさんが夕食を食べました。
親戚のおじさんは60代、3年前に亡くなった母の従兄弟。
両親の葬儀、実家の売却、今回の葬儀 とても親身になって相談にのってくれていました
勿論 今でも連絡は取り合っています
夕食時の会話、、、、、
「24歳で早すぎるよね、本当に残念だ。 でももっと小さい時じゃなくて良かったよ。もっと幼い時に亡くなってたら、まだまだショックも大きいと思うから」
、、、、、、、、?
突然 何を言い出すんだろう
何歳だって、自分の子が亡くなる悲しさは同じ
2歳だって、20代だって、たとえ50代だって、親にとって自分より先に逝ってしまう悲しさは同じだと思うんです。
第三者が事故のニュースを見て、まだ小さいのに……とか まだ若いのに……という言葉は使います
でも面と向かって「24で まだ良かったよ」なんて。
90歳の親にとって60歳の子供が亡くなるのと、30代の親が10代の子供を亡くす事に違いはないんです。
子供は親の葬儀を出す、遺影に使う写真を選ぶ、それは淋しいことですが順番なんです
私も一年のうちに両親を亡くしたのでわかります
でも親が子供の遺影写真をアルバムから選び、葬儀の手配をする、これはどんな理由で亡くなったにしても順番ではないんです。
悪気のない言葉、私も知らず知らずのうちに人を傷つけているのかもしれません
でも言葉を発する時は、一度考えてから………
以前もブログで書きましたが、亡くなった人って残された人に色々な事を教えてくれています
両親の死によって親を亡くした人の気持ちがわかるようになった
息子の死によって子供を亡くした人の気持ちがわかるようになった
悪気のない言葉でも人を深く傷つける事がある
普通の毎日は決して普通ではない
当たり前にあると思っていた事が実はどんなに有難いことだったか
亡くなった人は生きている人に沢山のことを伝えてくれているんですね