2025年は1/2から働いて12/31まで働いた。我ながらよく働き、よくがんばった。
今年の春、初めて推しが歌い踊りしゃべる姿を生で見た。
天にも昇る思いだった。そして同時に思った。こんな見事なパフォーマンスの裏にどれほどの努力を重ね、どれくらい汗をかき、涙をながしたのだろう。つらいこともたくさんあっただろう。
なぜか自分が恥ずかしくなってしまった。ずいぶんと長いこと安定の上にあぐらをかいて、なんにも進歩していない自分は、みっともない開き直った大人の見本みたいじゃないの…。
そう思ったあの日からかれこれ半年たつ。そして久しぶりの会社勤めも気づけば1年以上がたっていた。パートだけど。
最初はうまくコミュニケーションがはかれなかったなぁ。期待していたことがうまく運ばなかいのはしょっちゅうだし、予期せぬアクシデントに見舞われるのもしばしば。なんやかや、いろいろあったけれど、なんとか乗り越えてきたなあ。ピンチはチャンス、と思えるようにもなれたなあ。
しょせん人生はうまくいかないことばかり。長く生きてきても、ちっともラクにならない。それでも、それだからこそ、もっと前に進みたいと思えるのだなぁ。
うん。今なら半年前よりも少し胸を張って推し活ができそう。私も頑張ってるよ。
でも自分より20歳も若いキラキラのお嬢さん方が並ぶトイレ待ちの長蛇の列に加わるという経験はできたら避けたいなあ。いろんなことを感じてしまうから…。
来年の推し活プランはまだ未定。
そう言いながらも、画面ごしのキラキラした推しの姿を見ては、心癒され、思わず頬が緩み、妄想が膨らんでゆく。
いつかどっかでばったり推しに出会ったりして…そしたら何を言おう…そんな日にそなえて恥ずかしくない自分でいなくては!
生であろうか、画面ごしであろうが、やっぱり推しがいる暮らしは張り合いと潤いがある。これか2025年のまとめ。