再び“ここの人”、“日本の人” PART 2 | グローバルに波乱万丈






私にとって、東京は “東京” というよりも “TOKYO” であり、

PARIS、LONDON、ROME、LOS ANGELES... と同様、行ったことはあるが特に思い入れはない、

単なる世界の都市のひとつに過ぎませんでした。


ですから、ティーン達にやはり東京を見せてやらないといけないだろうと、最終の三泊を東京にしたのですが、

そんなに長い東京滞在に、私自身は退屈な思いすることを覚悟していました。



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ホテルで出かける用意をしていると、部屋の電話がなり、

隣りの部屋に泊まっているティーン達から、“まだ用意できてないからもうちょっと待って。” くらいの連絡だと思い、

無愛想に、「ハロッ?」 と出てみると、


「あっ、もしもし、ヤヤさんっ?」 と明るく爽やかな、知らない男性の声。 




ブログを始めて、この三年間、

ありがたいことに、今まで数百人方達とコメントやメッセージでおつき合いして頂き、頂いています。

実際に会ってお話してみたいと思う人達も、たくさんです。


でも私は、学生の頃から、憧れの人にバレンタインのチョコレートを渡したりなどできなかった臆病者で、

断れるのが怖く、自分から絶対に 「つき合ってください。」 なんて言える人はありませんでしたから、

この年になっても、“日本に行くんですが、会いませんか?” などと自分からは連絡できませんでした。


でも嬉しいことに、何人かの方達から “会いましょう。” とメッセージを頂いたんです。



その電話は、うちの一人の、日程が合わず残念ながらお会いできないと思っていた方からで、

宿泊するホテルをお伝えしていたので、調べて電話を入れてくださったのでした。




私にとって “単なる世界の都市のひとつ” であるTOKYOでの帰国前日は、退屈どころか魔法のような一日でした。


ブログで、ティーン達と過ごしてくださる学生さんを探していた時、ある方から息子さんを紹介して頂いたのですが、

その方、二、三年前に読者登録をしてもらったまま、コメントもペタも頂いたことはなく、

正直言うと、記事を読ませてもらったこともなく、


言葉が通じない国の全く知らない街で、知らない人達と過ごすというプランに、次男は、

「その人、どれくらい知ってる人? ... それって、ちょっと無責任じゃあない?」 と不信そうで、

私は 「うん、そうかも。 無責任かもね。 あははは。」 


(後で聞いた話、彼女も息子さんと 「大丈夫なの?」 と、同じような会話をされたそうです。) 

 


息子さんとお友達が原宿駅まで来てくださり、私がティーン達を連れて行く、という計画だと思ってたのですが、

寸前に、“私も行きますので” と連絡を頂き、


駅でお会いした時は、お互い 「きゃーー!!」 と大騒ぎながらハグ。 

息子達は、“え?! あまり知らない人なんじゃあ...” みたいな当惑の顔。 


さっさとティーン達を人ごみへと送り出し、竹下通りのカフェで4時間もノンストップのお喋りしました。

子供への思いについて一緒に涙を浮かべて語ったり、昔からの友達同士のように気取りのなく大笑いしたり、

フロリダで再会する約束をして、お別れをしたのでした。



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そして、一人でアメ横の後、渋谷、代々木をうろうろしていた主人と新宿でジョイントしたのですが、

東急ハンズで長男達へのお土産を買おうと、イーストデッキ (っていうのかな?) を歩いてると、

後ろから 「あの... ヤヤさんですか?」 と声が。

振り向くと、見知らぬ女性が、目をまん丸にして立ってられました。


ずっと前に、私のブログに相談ごと...というか、打ち明け話というか、して頂き、

いろいろ私になりに考え、悩み、気になっていた方で、

もう読んでもらってはいないと思っていたので、余計にびっくり。


想像よりずっとお若く、可愛らしいお顔を目の前にし、嬉しくて、抱きしめたい衝動をコントロールしつつ、

ぎゅっと、彼女の腕を掴んでしまいました。 


ご主人がいらしたので、どれだけ引き止めていいものかと迷い、気を使って彼女よりご主人とお話してて、

ふと、彼女を見ると、涙をうっすら浮かべて 「ヤヤさんに会えて良かった...」 と。

もう衝動をコントロールできず、ハグでのお別れとなったのでした。




そして夜は、ホテルに電話を頂いた方と奥様、そして義妹さんに、ホテルの近くの浅草橋のイタリアンでお会いでき、

英語がお上手な方なので、主人も一緒にワイワイ、そして一瞬ティーン達も登場し、楽しい時間となりました。


江戸っこで、そのレストランもツケが利く、それはそれは粋な方で、

ご馳走になり、お会いできないと思い、用意していた喜んで頂けるであろうお土産を他に回してしまい、

あまりパッとしないお土産をお渡すことになってしまったこと、ひどく後悔でした。





“TOKYO” で、ホテルに電話がかかってきたり、カフェで長々とお喋りしたり、ばったり人に出くわしたり、


ブログで偶然見つけた、銀座や神田に何軒かレストランを出している中学の同級生にも、25、6年ぶりに再会し、

おごって貰えるお店もこの街にはあるし、(笑)



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まるで自分は “ここの人”、“この街の人”... そして “この国の人” みたいな気分になり、

再び、私は日本の人、日本は私の母国、と感じさせる一日となったのでした。




つづく