回顧録: 息子への手紙 23 | グローバルに波乱万丈

Dear MY SON、

今思うと、ロンドンでの私はかなり重度のうつ病にだったんだと思います。 生きているということが苦しくて、苦しみから逃れたくて死んでしまいたいと思っていたわ。 貴方を見ながら、「この子が居なかったら、死ねるのに...」と。

宗教や言葉の壁のための挫折感、出産数ヵ月後の夫の交通事故、1年半に渡る植物人間になった前夫の世話、尊厳死、義父とのこと、日本社会からの拒絶、そして、失恋。 もう、心はぼろぼろでした。 

義母達に自分の潔白を訴えようとする夢に毎晩うなされながら、きちんとした環境を作ってあげれず、貴方を連れ廻している駄目な母親の自分を嫌悪し、貴方と私を残して死んでいった前夫を恨み... 声を出して泣くわけでもなく、笑うこともなく、しゃべることすらほとんどなく... 呼吸でさえ自分の体が粉々に壊れてしまいそうで、静かにそっと息をしていました。 貴方はそんな私を覚えているのかしら?

一番辛かったのは、孤独。 頼ってやってきたロンドンの友達は、急用で日本へ帰国。 ロンドンで貴方と二人きりでした。 寂しくて、寂しくて、胸が痛くて、胸を掻きむしりたい衝動に駆られながら、ふと、前夫と同じ時期に他界し、お葬式も行けなかった祖母のことを考えていたわ。


私の祖母、おばあちゃんは街中の伯父の家の一角に住んでたの。 裏口から入って縁側から部屋を覗き、「おばあちゃん、来たよ。」 連絡せず立ち寄っても、「あら、来たんねぇ? よお来たねぇ。 入りんちゃい、入りんちゃい。」  目を線にして微笑みながら、いつも温かく迎えてくれたわ。  魔法瓶のお湯で作ってくれた昆布茶を飲み、押入れの布団の横から出してくれたお菓子を食べながら、おばあちゃんと一緒に縁側でサボテンのつぼみを眺める... そんなのどかな、穏やかな空間が好きでした。


孤独なロンドンで、おばあちゃんの居る縁側の部屋を思い浮かべていました。 行き場がほしかったのでしょう。 きっと、誰かに迎えてもらいたかったのでしょう。 

「私には、この地球上、帰る場所もなく、頼れる人もない。」 

「これから、どこに行ったらいいのかわからない。 どうしたらいいのかわからない。」  

毎朝、半地下のアパートの部屋で、胸の上に何かずっしり重い物が乗っているような気だるいさで目覚め、呆然とじっと天井を見つめいるうちに、抑えきれない孤独と恐怖感が押し寄せ... 段々と呼吸が速くなっていき、肌が痛いような冷たいような感覚でどうしようも居られなくなり、寝ている貴方を抱えて、アパートの上の階に住むギリシャ人カップルのところへ駆け上がったこともありました。 少し話をしたくらいの人達だったんだけど、「ごめんなさい、ごめんなさい。 誰かの顔を見ないと、自分がこの世でたった一人きりのような気がして、怖かったんです。 ごめんなさい、ごめんなさい。」と、ドアで泣きながら謝り続ける私を、二人は眠い顔を隠して温かく迎え入れてくれ、ミルクティーを作ってくれたわ。

                モロッコ人、そしていろんな国の人のお話

迷惑をかけてしまったもう一人は、アイルランド人の人と一緒に住んでいた、友達のバイト先の若い日本人の男の子。 彼らのアパートのドアの前でも、朝早く、泣きながら立っていたことが何度かありました。 寝ているところを私に起こされたのにも関わらず眠気顔を隠し、いつも笑顔で迎えてくれました。 貴方を公園に連れて行ってくれたり、お風呂に入れてくれたりしたのよ。
                      
                モロッコ人、そしていろんな国の人のお話 

彼は見知らぬ他人の私達を受け入れてくれた、優しい心の持ち主でした。 今、どうしているのかしら? いつか探し出して、立派に成長した貴方の写真を添えてお礼を言わなければ。 


大して知らない人達に迷惑をかけていることが申し訳なく、自分が情けなく... いつも明るく、愚図ることなど一切ない貴方が、けな気で、可哀そうで... どんどん体重が増え太っていき、醜くなっていく自分の姿に益々落ち込んでいき...

張り詰めた糸が切れるような、限界のようなものを感じたことが何度もあったわ。 その度に、「だめだめ。 もしここで気がふれてしまったら、誰が息子の面倒をみるの? 頑張らないと、頑張らないと。」、そう自分に言い聞かせ、自分を取り戻していた。 貴方がいなかったら、私はロンドンで病院にでも入れられていたことでしょう。 ありがとね。


Love、MOM


追伸

私も目を線にして、「よお来たねぇ。 入りんちゃい、入りんちゃい。」と、貴方や孫達を迎えるおばあちゃんになるからね。 連絡なんか要らないから、いつでも裏口から入っておいで。 いつまでも、貴方達の“行き場所”でいたいから。 I love you with all my heart, and I will always love you no matter what. You are my son forever and ever.