なぜ「本を読みなさい」と言われたのか?
今になってやっと理解できることがあります。
まずひとつは「語彙力UP」です。
人は、知らない言葉では考えられない、と言います。
考えるときにも言葉を使って考えるからです。
例えば、「考えても考えても自分の気持ちがわからない」のは、
「知ってる言葉を考えつくしたけれど、どれもあてはまらない」
ことが原因のひとつだとしたら。
たしかに「言葉」には限界があるけれど、
より多くの言葉を知っていれば、
漠然と「なんだかよくわからない不思議な気持ち」ではなくて
「○○では弱いけれど●●とも違う、××も入り混じったような気持ち」
と考えたり、伝えたりすることができる。
つまり、語彙力がUPするということは、
事象・感情をより納得のいく言語に転換する能力が高まること。
言語化できることによって
「よくわからないもの」が「説明できるもの」となる。
よりハッキリしてくる。
自分の感情や考えが頭の中で明確になるだけで安心したり
それを言葉で人に伝えるとスッキリすることもありますよね。
そのための「語彙力」をつける一手段が読書なんじゃないか、と。
他人の使う言葉を盗む、というか。
子供の頃、「きちんとした日本語で書いてある本を読みなさい」
と、いわゆる「名作」を薦められたのはそのためだったんだろうなぁ。
でも私は、無理して読んだときにも
「きちんとした日本語ってナニよ」とばかりに
読めない漢字、知らない言葉はすっ飛ばしていました。
もったいない時間を過ごしたなぁと反省しきりです。
今になってやっと理解できることがあります。
まずひとつは「語彙力UP」です。
人は、知らない言葉では考えられない、と言います。
考えるときにも言葉を使って考えるからです。
例えば、「考えても考えても自分の気持ちがわからない」のは、
「知ってる言葉を考えつくしたけれど、どれもあてはまらない」
ことが原因のひとつだとしたら。
たしかに「言葉」には限界があるけれど、
より多くの言葉を知っていれば、
漠然と「なんだかよくわからない不思議な気持ち」ではなくて
「○○では弱いけれど●●とも違う、××も入り混じったような気持ち」
と考えたり、伝えたりすることができる。
つまり、語彙力がUPするということは、
事象・感情をより納得のいく言語に転換する能力が高まること。
言語化できることによって
「よくわからないもの」が「説明できるもの」となる。
よりハッキリしてくる。
自分の感情や考えが頭の中で明確になるだけで安心したり
それを言葉で人に伝えるとスッキリすることもありますよね。
そのための「語彙力」をつける一手段が読書なんじゃないか、と。
他人の使う言葉を盗む、というか。
子供の頃、「きちんとした日本語で書いてある本を読みなさい」
と、いわゆる「名作」を薦められたのはそのためだったんだろうなぁ。
でも私は、無理して読んだときにも
「きちんとした日本語ってナニよ」とばかりに
読めない漢字、知らない言葉はすっ飛ばしていました。
もったいない時間を過ごしたなぁと反省しきりです。