colors of the wind

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-日々を彩る徒然をそよ風のようにさりげなく綴る-

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先日、会社の上司の家族に不幸があり、急遽葬儀に参列することとなった。


急遽でない葬儀などあるはずもないのだろうが


正直、好きかそうじゃないかで聞かれれば嘘でも好きとは言えない上司


仕事の延長と思わなければ参列することはなかっただろう。




斎場の場所を確認すると、そこはよく見知っている名前だった。




父が死んでもうすぐ5年になる。


5年前も急遽の葬儀だった。



午前の仕事が予想通り長引いて、斎場に到着したときには、ちょうどお焼香の列が一段落するところだった。


額に汗をかきながら、親族に頭を下げて列に並ぶ。


普段、職場では見たことがない沈んだ表情の上司の顔はやはりどう考えても好きにはなれそうになかった。




やがて、親族を代表して上司がマイクの前に立った。


小難しそうな顔をしたその中年男性は、「母」という言葉を口にしてはマイクの前で口を詰まらせた。




5年前、あの場所には母がいた。


そして20歳の青二才だった僕は、マイクの前で声を詰まらせる母をただ呆然と眺めることしかできなかった。




あの時見た会場はもっとずっと果てしなく広いように感じたはずなのに


今日見るそこは、呆気ないほど質素でこじんまりとしていて


夏の終わりの太陽がそこに参列しているかのように


ジッと漂う暑い空気の中を


お焼香の微かな煙がツンと泳いでいた。




やがて葬儀が終わり、上司が遺骨を抱いて手を合わせる皆の前をゆっくり歩いていった。


顔に生気は感じられなかったが、遺骨を抱くその手は


信じられないほど力強く


そして優しかった。




親族が笑顔で挨拶を交わしながら、喪主の待つバスへと乗り込んでいく。


他の人たちはぞろぞろと駐車場へ向かって帰っていく。


遅れてきた手前、バスの見送りくらいするか


バスが発車する頃には、そう思う僕の存在はまるで稀有なものになっていた。




バスは陽炎が踊るアスファルトの上でタイヤを転がしたかと思うと


目の前の赤信号で小さくキキッとないた。




5年前の年の瀬、大雪の中の葬儀は


誰かが皆に帰るなと駄々をこねるように、交通網を凍らせた。


電車は止まり、タクシーも斎場まで来れなかった。


今、陽炎で揺れるあの感応式の赤信号は、積もりに積もった雪に遮られ頑なに作動しなかった。





その赤信号があまりにも呆気なく青信号に変わる。


あの雪はもう溶けたのだろうか。


涙が一粒、アスファルトに弾けて消えた



雲一つない晴天に曝された


さっきまでの茹だるような暑さが


まるで嘘だったかのように


その日は


昼過ぎから強い雨になった。




じっとりと湿気を帯びた空気で満たされた室内に


屋根を打つ雨音だけが


ただ響いていた。




雨音でいつもの時計の秒針は聞こえないけれど


押し黙る僕にとって


一分一秒がとても長く


苦痛に感じることだけが


その日が


いつもと変わらぬ日常だと告げていた。




取引先を後にしたとき


時刻はすでに午後5時を過ぎていた。


足早に車に乗り込み濡れた手でエンジンキーを差しこむ


車は軽く身震いをして唸りをあげた


湿った風が車内で循環を始める。


ため息を一つついて


アクセルを踏み込んだ


ため息は抗うことなく


車内を巡る湿った風に飲み込まれた。




車を真っ直ぐと西に走らせる


いつもと変わらぬ会社へと伸びる田舎道


車は真っ直ぐと西に走る


コンクリートもくたびれた寂れた田舎道


昼間の熱気などとうに忘れて


激しい雨に打たれても水蒸気の一つもあがらなかった。




そのとき遥か西の空で雲が切れた


覗けた夕日が町を黄昏に燃やす。


路面を打つ雨粒は


夕日を浴びてキラキラと黄昏に輝いた。


黄昏に染められた路面に落ちて


弾けて舞って光の粒になった


車は黄昏の雨粒に打たれて


せわしくワイパーを振った。


ハンドルを握る僕の手の代わりに


光の粒を振り払おうと


必死に左右するワイパーが


とてもちっぽけで


無力に思えた。




その光から逃れようと


夕日に背を向けた車内から見えたのは


大地にしっかりと足を下ろした


大きくて


きれいな


双子虹








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