Ricelageの徒然なるままに

Ricelageの徒然なるままに

その日思った事、感じた事をそこはかとなく書き綴ります。

Amebaでブログを始めよう!
「Never had a dream come true」
という音楽をご存知の方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。
普段はそれ程洋楽を頻繁に聴く人間ではないのですが、この歌はとにかく耳に残って格別に好きなんです。

イギリスの 「Club7」というグループによって世に出された曲なのですが、何と言ってもメロディーが秀逸。
四分音符と八分音符の違いもままならない私なので専門的には言えないのですが、一回聞いただけで耳に残る、波長の合うメロディーなんですこれが。
歌詞も中々。


過去を振り返っても仕方ないと分かってるんだけど
There's no use looking back or wondering

分かってるんだけど、それでもあなたを忘れる事が出来ないんだぜ
Oh this I know, but still i can't find the way to let you go.

明日の事なんて考えられない、だって昨日が私の心を満たしてるんだぜ。
Tomorrow can never be cos yesterday is all that fills in my mind.



まあ簡単に行ってしまえば、過去の恋人を忘れられない悔恨の混ざった歌なんです。

この歌に共感するかどうかは置いておいて、私は個人的にこの歌を聴くとなんとなく安心した様な気分になるんです。
あ、こういった類いの想いって言うのは全世界で共通なんだなって。

今でこそ海外の人とFacebookなんだりでつながったり、直接会いにいく様な友達もいるんですけど、
高校生くらいまでの私は恥ずかしながら大変ドメスティックな人間で、英語なんて大嫌い。一生日本で暮らすから英語なんて必要ないぜっ、なんてどうどうと言っちゃう様な人間だったんです。
当然海外の人とも繋がりなんて無くて、ある種別の生命体にも似たような印象を勝手に持っていたりしました。
そんな時にこんな風に、良く日本でも謳われている様な内容を謳っている海外の人を見つけたりすると、変な話少し安心感を感じてしまったんです。

まあ何が言いたいかと言えば、この歌とても良い歌なので一回聴いてみてくださいと言う事なんです。
是非お暇つぶしにでもどうぞ。


ちなみに私がこの歌を初めて聞いたのは、マレーシア人の友人とカラオケに行ったときだったりします。

バベルの塔も人間の想いまで分かつことはできなかったということでしょうか。
お後が(自分の中では)よろしいようで。
今まで人生の中で、死を意識した事ってどれくらいあるでしょうか。

多分人がそれなりの年月を生きていれば何度か
「死にたい」
というような思いにぶつかった経験がおありなのではないでしょうか。

私は自分自身かなり楽天的な人間だと思っているのですが、それでもやはり辛いことが起きた時、精神的に死に近づいた事が何度かあります。
それは例えば猛烈に好きだった彼女に猛烈にフラれた時だったりするのですが(何だその程度な事で!と言う突っ込みは御容赦願います笑)
後から振り返ってみるとなんだそんな事で!と笑い話に出来たりするのですが、現在進行形でそれを感じている時にはそんな余裕なんてありませんよね。

そんな気分に陥った時に私が聴く曲が、
森山直太朗さんの「生きてる事が辛いなら」 

この曲、見方感じ方によってはとても攻撃的な歌詞で、発売された当初はスポーツ新聞なんかで叩かれたりしていました。

「生きている事が辛いならいっそ小さく死ねば良い」
「3日もたてば元通り」
「皆同じところにいくのだから」

どうせ人間死んだら天国だか地獄に行くか無に還るんだから、死ぬなら死ねば?
君が死んだってどうせ3日で元通りだよ。

中々辛辣です。厳しい言葉が並んでおります。

しかし私は生粋の楽天家であり天の邪鬼。
そんな私からしてみるとこの曲は
「死にたければ死ねよ」 というよりも
「今死んだって何も変わりはしない、だからもうちょっと生きてみろよ」

更にもう少しピンク色に解釈すると
「べ、別にあんたが死んだって構わないけど、どうせならもっと生きてみたら?」
というツンデレな曲に聞こえてくるのですよ。

この曲の後半部分にはむしろ生を奨励するように
「生きてる事が辛いなら、嫌になるまで生きてみろ」
「くたばる喜びとっておけ」
という歌詞が並んでいます。

森山直太朗さんがどのような思いでこの歌を歌われているかは定かではありませんが、
私はこの歌は
「死なんてそんないつでも選ぶ事が出来る手段をとるのかい?別にそれはそれで君の判断だから良いけどさ、どうせ一回きりの人生だし、嫌になるまで生きてみない?辛い辛くないに関わらず、死はいずれ訪れるんだからさ。」
という辛辣な励ましの言葉のように聞こえるのです。


Carpe diem
今この瞬間を楽しめ、明日には死ぬのかもしれないのだから

ローマの詩人ホラティウスは自らの詩の中でこの言葉を使い、今ある命を出来るだけ楽しみなよ、と語りかけてきます。

死後の世界ってもしかしたら楽しい場所なのかもしれません。
ただ死後の世界を楽しめるのは死者だけのように、生者の世界を楽しめるのも生者だけ。
そこは不可逆なのだから、死後の世界を楽しみにするのも良いんですけど、そこを楽しむのはどうせなら生きている世界を楽しみ尽くしてからでもいいんじゃないでしょうか。

それこそが、「生きてる事が辛いなら、嫌になるまで生きるが良い」
という歌詞の訴えかけてくるところなのではないかと感じるのです。

だから私は、死にたい程辛いときは、この歌を聴いてお尻を蹴ってもらうようにしてるんです。



ちなみに私が物理的に最も死に近づいたのは、忘れもしない小学3年生の時、波のプールの最深部までつっこんでいき溺れかけた時の事でした。
なんと言う阿呆な小学生。
いちゃついているカップルの浮き輪に捕まって九死に一生を得たあの時こそ、私が人生で最も生を意識した時なのでした。

こんな僕でも生きている。
ああ生きてるって素晴らしい。














自分の考えている事や思っている事を新鮮なままに整理する上で、ブログをかくと言うのはとても効果的だと言うのを友人に聞き、ちょっとばっかしやってみようかと思います。
果たしていつまで続く事やら。