ご報告 | 趣味人日記

趣味人日記

書きたいことを思ったまま綴ります。

こんなことをブログ書いてもいいのかわかりませんが書かせていただきます。
なので読みたくない方はスルーしてください。

2月26日午後22時過ぎ。

自分の兄がこの世を去りました。

享年42歳。まだ働き盛りでした。

病名 急性大動脈解離

他にも合併症を併発していたため開胸した時点で既に手遅れだったそうです。
お昼過ぎまで元気に家族と過ごしていたとのことです。
自分が連絡をもらった22時の時点で医師からはもう長くはなので親族の方を呼んでくださいと言われたそうです(言い方は違うかもしれません)
とにかく慌てて準備して向かいました。その時点では自分はまだ緊急オペしているとしか聞いてなかったので物事を大きくとらえていませんでした。
下呂から兄の住んでいる犬山まで2時間弱。病院は小牧でしたので約2時間。
車内は重い空気でした。

両親もまだ大丈夫なのだろうと思っていたかもしれません。
病院に着いたのは日付が変わった頃でした。
救急外来で場所を聞いて向かった先はICU。
集中治療室ならあーとりあえず大丈夫だったんだと少しだけホッとしてしまいました。
・・・が、開けられた扉の先には顔をぐちゃぐちゃにして目を泣き腫らした子供達が。
少しだけ混乱しました。
子供達に案内されるように奥へ向かうと奥さん(義姉)のご両親やご姉妹に先生のもとへと案内されました。

ドクン。

心臓が緊張している感じでした。

淡々と伝えられる結論。

手を尽くしましたが・・・力及ばす申し訳有りませんでしたと。

後はまた病名や手術で施した処置についての説明。
分かりやすい言葉で教えてくまさいました。分からないことは有りますか?と。

説明が終わったとこで本人と対面。


泣き崩れる両親。泣き続ける子供達。

俺は本人を前にして泣くことは出来ませんでした。
ただ、あー。死んじゃったかぁって思いました。

とりあえずそのまま置いておけないので霊安室へ。

義姉は妹さんとその間に葬儀屋さんへの連絡や手配。
何から何までこう言ったのはあわただしく進むから落ち込む暇も無いんだろうなぁ。

葬儀屋さんの車で運び出され葬儀会館に到着。お通夜と葬儀の段取りも時間も時間なので細かいことまでは決まらずとりあえず朝になってからとなりました。

そこから諸々の準備もあるので一度下呂へ帰ることに。

戻ってからも兄の同級生を辿って連絡をして拡散してもらうようにしたり自分の会社にも連絡。

全て済んで帰宅してから書いております。お通夜、葬儀にたくさんの方がご参列くださり本当にありがとうございます。
さすがに出棺の際は涙腺が崩壊してしまいました。
自分の兄として、また後継ぎを俺に押し付けた我が家の長男としてはどうだったかわかりませんが兄の同級生の方からも温かい言葉をかけてくださり兄が慕われていたのがよくわかりました。


ただ。42年の人生。短すぎますよ。
まだやりたいこともあっただろう。
子供達もまだこれからなんだぞ。
親より先に先立つのは親不孝だろ。