浜離宮朝日ホール 10月7日 19:00〜

 

この方の ラ・プティト バンド がマタイ受難曲を演奏したときに聴きに参りました。

合唱の部分をそれぞれのソリストの方たちが歌うという形で、アンサンブルという形であったのですが、その時に確かバッハの時代の演奏はそんなに大勢の合唱で歌われてはいなかったのではないかとプログラムに書かれていたように思いました。

ちょっと記憶が定かではないのですが………

しかしその見事な統一がとれたアンサンブルが素晴らしかったように思います。

1人ワンパートで、歌われるわけです。それまでに聴いたものが、大規模なものだったので「こんな形もあるんだなあ」と思ったのですが、昔はこういったコンパクトな形で演奏されていたのではないかとの説があり、こういう形で聴いたのは初めてでした。

 

今回は無伴奏の形で演奏されたものだったのですが、何しろ 「  ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」という楽器にお目にかかったのは初めてですし、もちろん音を聴いたのも初めてでした。

本当に不思議な楽器で、チェロではあるのですが、ちょうど大きさはギターぐらいでしょうか。厚みがあって、ストラップで肩から楽器を吊るして、糸巻き部分は左に下がっていて、右手で弓をその体勢のまま弦に当てて弾くわけです。

プログラムには「楽器が小さいことから素早いパッセージにも長けていて音はクリアで明るい」と説明したありましたが…………

今回この楽器で演奏された《無伴奏チェロ組曲》もバッハがこの楽器のために書かれたのではないかという説もあるそうです。

その根拠は、楽曲の中に、かなり小ぶりな楽器か、相当な大男でないと押さえるのが難しい音があるそうで、肩掛けのこの小ぶりな楽器のために書かれたのではないかという説が生まれてきたようです。

バッハによる自筆譜がなく、弟子によるものと、妻のアンナ・マグダレーナの筆者譜しか残されておらず、いつ頃の作品かということもわかっていないのだそうですが。

 

肩に乗せて弦が前に出てくるヴァイオリンでもなく、身体の前に立っているチェロの形でもありません。身体の前に斜めになっている弦を弓で弾くって、もの凄く難しいことなのではないかと思いました。

この「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」という楽器もシギスヴァルトさんたちが研究の末に2004年に復元されたもののようです。

他に楽器がいろいろ復活しているのに、この楽器はまだ初めてお目にかかるのですから。

なかなかポピュラーになるためには、この難しい奏法を弾きこなす方が出てくることが必要なのではないかと思います。

その音色ですが、最初に聴こえてきた音は想像していたものより深い音色でした。

しかし、あまり澄んでいる音とは言えないように思いました。弓を弦に当てる角度が難しいのだと思いますが、別な弦に触れて出るノイズがやはり目立ちました。

しかし、素朴で洗練されていない感じの音ですが、聴いていると「バッハの生きていた時代はこういう音で演奏されていたのではないか」と思えるから不思議です。

バッハは自分の曲をこういう音で聴いていたのではないかなと感じました。

「今のように、澄んだ張り詰めた感じの音ではなく、もっとおおらかな感じの音で聴いていたのではないか」と……

前半はこの楽器を使って

《無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007 》

《無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009》

の2曲が演奏されました。

 

後半はヴァイオリンによる演奏で、

《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004》でした。

彼のヴァイオリンの奏法が 「チン・オフ奏法」ということを恥ずかしながら初めて知りました。

その奏法も数百年前の絵画を見て、ヴァイオリンをアゴで挟まないこの奏法を見つけ出したとのこと。顎当てや肩当てで、楽器を固定しない奏法のことなのだということを今回初めて知ったわけです。楽器が自由になるので自然で豊かな響きを得ることができるとのことですが、やはりこれも個人の技能の問題と関わってくるものだと思います。

最初はやはり、隣の弦に触れてしまうノイズのような音が聴こえていたのですが、前半あの難しい角度で弦を弾いていらっしゃったのですから、まだその感覚が残っているのかなあと感じました。それがだんだんノイズのない、豊かな柔らかい音色になってくるのです。

こういう自由さが、「古楽の中には含まれてるいるのではないか」と改めて思うことができた一夜でした。